M格鬥(拳擊日文) 有人看的話會繼續更新 順求翻譯(20170102更新)

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作者:A3a3377224

基於版上有人要求M格鬥先發一篇內容大概是幼馴染(青梅竹馬)想跟主角去看電影主角卻以要參加大學拳擊大賽為由拒絕她不高興就說要參加而她小時候練過拳擊還擊敗過主角主角因為心理創傷+大意+憤怒結果最後把主角打個半死(都翻白眼了) 我最喜歡的一篇如果有人看完喜歡我會再發(要回覆我才知道) 個人喜歡格鬥佔多數而且討厭血腥多謝指教有大神願意翻譯的話在此跪求とあるボクシングの盛んな街での話。

ボクサー達の熱気が渦巻くボクシングジム、ひと際鋭い音を響かせてサンドバッグを叩く男の姿があった。

彼の名前は戸崎竜一、この街の大學の2年生。

身長は178cm、體重65kgのウェルター級。

プロのライセンスはまだ取得していないが、アマチュアとして圧倒的な実績を持ち、將來世界を狙える逸材、このジムのホープと目されるボクサーであった。

「ハァハァ・・・フゥ・・・」

小一時間ほどサンドバッグにパンチを打ち込むと、手を止め近くに掛けてあるタオルを手に取る。

汗を拭いつつ、ミネラルウォーターの入ったペットボトルに口をつけようとした時、「おーい!・・・竜一ぃ~・・・」

背後から自身の名前を呼ぶ聲が聞こえ、竜一が振り返ると、そこには一人の女の子。

長めの栗色の髪をポニーテールでまとめ、切れ長の目で整った顔立ち、白い肌にすらりとした身體つきで身長は165cmほど、くびれたウエストの割に大きめのバスト。

「おぉ・・・なんだよ?・・・明菜・・・」

街角ですれ違えばたいていの男は振り返ってしまう程の美人。

ただ竜一にとっては見慣れた顔だった。

彼女の名前は北山明菜、竜一の幼馴染であり同じ大學に通う女子大生だ。

明菜もこのジムの會員だが、竜一のようにプロを目指すトレーニングはせず、ボクササイズコースの會員であった。

二人は竜一の父がアマチュアボクサーだった影響で小學生の頃からこのボクシングジムに通っていた。

明菜も中學生までは、竜一と同様、子どもながらに本格的にボクシングの指導を受け、小中學生を対象としたボクシング大會等に出場していた。

しかし、高校生になってからは、遊びたい盛りの女子高生とあって、本格的なボクシングからは離れ、今のようにエクササイズ目的でジムに通うようになっていた。

「竜一、ねぇ今度の土曜日はオフだったよね?映畫見に行こうよ!」

「土曜日か・・・悪い、俺都合悪いんだわ。」

弾むような聲で問いかけた明菜とは対照的に、素っ気なく答える竜一。

「えー・・・なんでよ。竜一その日はオフだってトレーナーさんに確認したんだけど。」

「あぁ、確かにオフだけど。その日ジムに柏原さん來るらしいんだわ。色々と聞いておきたいことがあってな・・・わりぃな。」

柏原とは、竜一と同じウェルター級の世界ランカーで、竜一の憧れの存在だった。

元々はこのジムに所屬しており、今は別のジムに移籍してしま

ったが、今でもちょくちょく顔を出している。

竜一は柏原がジムに訪れる度に、色々と教えを請うていた。

「別に柏原さん、その日しか來ないわけじゃないでしょ?練習の日と來る日が被った時に話聞けば良くない?」

少し不満そうな表情を浮かべる明菜。

「はぁ?そんなの俺の自由だろ。早く強くなってプロになりたいんだよ、俺は。」

相変わらず素っ気ない態度で淡々と答える竜一。

「ふん・・・なんかさ・・・最近、竜一付き合い悪くない?」

「いいだろ別に・・・幼馴染ってだけで、付き合ってるわけでもねーんだから・・・」

「う、うん・・・まーそうなんだけどさ・・・」

言葉が詰まり俯く明菜。

「私は、竜一はもうちょっと息抜きした方がいいと思うけどな・・・トレーニングばっかじゃなくてさ。ほら!メリハリって大切じゃん。遊ぶ時は思い切って遊んでさ!」

笑顔を作り、軽い口調で明菜が提案する。

「は・・・?知ったような口聞くなよ。お前は俺のトレーナーでもなんでもないだろ・・・しかもお前はもう本格的にボクシングやってないし、俺と違ってプロ目指しているわけでもないだろ?ボクササイズ女子大生に指示される筋合いはないっつの。」

明菜の軽い調子の言葉に面倒臭さを感じた竜一は、突き放すような言い方をする。

「なにそれー・・・なんかムカつく。」

頬を膨らまし不満げな表情の明菜。

「あー、はいはい・・・お前がムカつこうが何しようが、俺がボクサーとして成長する過程には無関係なんだよ。」

「何・・・その言い方・・・」

竜一の嫌味な臺詞に、明菜は少し寂しそうな表情。

「フン・・・でも、竜一も偉くなったよねー。昔は私に負けてばっかだったクセに・・・小6の時のボクシング大會だっけ?竜一、私のパンチで失神しちゃったんだよね?フフ・・」

一転して不敵な笑みを浮かべた明菜が、お返しとばかりに嫌味な口調で言う。

「はぁッ!?なんで昔の話が出てくるんだよ、関係ねーだろッ!あの時はお前の方が體格良かっただけだ。」

竜一にとってあまり觸れられたくない過去の思い出。これまで冷靜に會話をしていた竜一の語気が荒くなる。

小學生の頃は女の子の方が、成長が早く、體格が良いということはよくある話で、中學生になるまでは明菜が竜一の體格を上回っていた。

小學生のボクシング大會は、男女混合で行われることも多く、竜一が明菜に負かされていたことも事実であった。

「ふーん・・そうかな・・・。竜一ってさ、癖があってさ・・それを私は知ってて・・」

「いいからもう練習戻れよ。ボクササイズのコース、もう休憩終わってるんだろ?じゃあな!」

これ以上話を広げたくない竜一は、無理矢理に話を遮ってリングの方に向かう。

「フン・・・なんなの、その態度?・・・ほんとムカつく・・・」

再び頬を膨らまし、むくれた表情で呟く明菜。

「ねぇ!?竜一ッ!!」

リングのロープに手を掛けた竜一に

呼びかける明菜。

「今、私たちが試合したら、どっちが勝つと思うーッ?」

「あぁ!?そんなの俺に決まってんだろ!馬鹿なこと言ってんなよ!」

「ふーん・・・」

「萬が一、お前に負けるようなことがあったら、俺もうボクシングやめるわ!!

そんで映畫でも何でも行ってやるよ!」

嘲笑うような表情を浮かべ背を向ける竜一。

「そっか・・・」

少し考え込んだ表情を浮かべると、口元に笑みを浮かべて明菜もその場を離れる。

それから數週間後、竜一と明菜の通う大學の校內。

休講情報を確認しようと掲示板を見た竜一の目に一つのチラシが目に入る。

「そういえば・・・もうこんな時期だったな。」

『第12回校內統一ボクシング大會』というタイトルがデカデカと書かれたチラシ、それを目にして竜一が呟く。

竜一達の通う大學はボクシングが盛んで、男女それぞれボクシング部が1つずつ、そしてボクシング同好會が3つ、その他、竜一のように校外のボクシングジムの通っている學生など、多數のアマチュアボクサーが在籍していた。

そして、校內のボクサーの中でナンバーワンを決める大會が年一回秋に開催される『校內統一ボクシング大會』だった。

毎年100名前後の生徒が參加しトーナメントで競い合うこの統一大會。

特徴は男女を問わず參加自由であり、階級は無差別で、文字通り校內統一でナンバーワンボクサーを決める大會であった。

出場者の男女比は7:3といったところ。

女子については、女子ボクシング部の部員に加え、數名の女子學生がエントリーをしていた。

しかし、例年、男女の體格差に打ち勝てず、女子のほとんどは2回戦までで姿を消すという狀況であった。

「竜一!もうエントリーは済ませたのか?今年は期待してるぞ!」

気がつくと竜一の隣には、屈託のない笑顔を浮かべる小柄な男子學生がいた。

彼の名前は市村と言い、竜一と同じ學科の友人でありボクシング部に所屬していた。

「おぉ・・・エントリーはこれからだよ・・・まぁ見てろって、今年こそ優勝してやんよ」

「ハハッ・・・できる男は言うことが違うねぇ~」

陽気で人懐っこい性格の市村、いつものようにおどけた調子ではやし立てる。

竜一は昨年、1年生ながら準優勝していた。

アマチュアとはいえ、全國トップクラスのレベルを誇るボクシング部の部員たちを蹴散らし、快進撃を見せていた。

最終的にボクシング部の主將に決勝戦で敗れるも、その主將は當時4年生ですでに卒業済み、竜一は今大會の優勝候補筆頭であった。

「まあ、新しい1年も入ったわけだし、去年の俺の例もあるから、予想外の強敵が登場なんて展開もあるかもな・・・とりあえず気を抜かずに行くよ・・・」

「優等生ぶったこと言いやがって・・・本當は餘裕なんだろ?」

「まーな!ハハッ・・・」

冗談めかした物言いだが、実際に竜一にはこの大會で優勝することに関して、確信に近い自信があっ

た。

たとえ全國トップクラスのアマチュア大學生が集まったボクシング部があるとはいえ、限りなくプロに近い実力を有し、去年からレベルアップを遂げた竜一にはライバルと思しき存在はなかった。

また、近くプロテストを受ける予定の竜一にとって、この大會に出るのは今年で最後にしようという思いもあった。

數週間後、大會開催を約1ヶ月前に控えて、大會のトーナメント表と詳細な試合日程が公表された。

実力に自信がある竜一はあまりくじ運を気にせず、その日のうちにトーナメント表を確認しなかった。

そして翌日、「おッ、戸崎。久しぶり!・・・お前トーナメント表見たか?」

男子ボクシング部所屬で顔見知りの先輩・柿田に、廊下で聲をかけられる竜一。

「あ・・お久しぶりです。トーナメント表っすか?もう発表されてたんでしたっけ?」

「まったく・・・腹が立つくらい餘裕だな・・・お前の1回戦の相手、うちの1年生の吉川って奴なんだわ。トーナメント表見た瞬間、青い顔しちゃってさ・・・お前が相手でビビってんの。だからあんまりいじめないでくれよ。」

「まあ、ほどほどにしておきますよ・・・」

一方的に、まくし立てるように話す柿田に対し、苦笑いを浮かべながら竜一が答える。

「それから2回戦は女子だぞ・・・隣の山は女子同士だからな。お前くじ運いいな・・・」

「女子は女子でやりづらいんですけどね・・・ちなみになんていう子ですか?」

「えーと・・・一人は女子ボクシング部の1年生だったかな、名前忘れちゃったけど。もう一人は部活とか同好會で見ない名前だったな・・・えーと・・・なんだっけ・・・北山なんとかって言う子・・・」

「えッ!?・・・北山ですかッ!?・・・も、もしかして下の名前は明菜ですか・・・?」

予想外の名前が飛び出し、竜一は驚きを隠せない表情で、思わず聲が上ずる。

「な、なんだよ、急に・・・確か・・・そうだったかもな・・・つーか気になるなら自分で確認してこいよ・・・」

「そ、そうですね・・・」

「まさかあの明菜が大會に出るなんてことありえない・・・あいつはもうボクシングをやってない、今はボクササイズだけだ。大會なんてありえない・・・」

竜一はその足で掲示板に向かった。

次の講義の時間が迫っていることもお構いなしに。

「えーと・・・これが今年のトーナメント表か・・・あった!俺がここで・・・」

トーナメント表の張り出された掲示板の前に立ち、緊張した面持ちでゆっくりと自分の隣の山に目をやる。

「えーと・・・うわッ!・・・・マ、マジかよ・・・なにしてんだよ、あいつ・・・」

確かにそこにあった名前は「北山明菜」

幼地味であり同じジムに通う明菜だった。

その日の夜、ジムでトレーニングを行う竜一の頭の中は『校內統一ボクシング大會』のことで頭がいっぱいだった。

「なんであいつが・・・そういえば最近忙しくてあいつとほとんど話してな

かったな・・・なんかあったのか・・・」

気もそぞろな狀態でトレーニングを続ける竜一、20時を過ぎた頃、トレーナーを引き連れてミット打ちを始める明菜の姿が目に入った。

「そういえば・・・最近あいつボクササイズコースの後、ミット打ちしてたな・・・まさか・・・大會のために・・・?」

今までは全く気にも止めていなかった明菜の行動、よくよく考えればエクササイズ目的であんなに真剣にミット打ちをするわけがない。

大會のトーナメント表を見て初めて、竜一の頭の中で話がつながり始めた。

「おい・・・明菜・・・」

ミット打ちを終えた明菜に竜一が話しかける。

「ん・・・どしたの?」

タオルで汗を拭いながら振り返る明菜。

「お前・・・統一大會出るんだって?・・・どうしたんだよ・・・?急に・・・」

「うーん・・・私も一人のボクサーとして上を目指したいって思ってね。」

少し考えこむ仕草を見せた後、明菜は誇らしげな表情で答える。

「はぁ?・・・何言ってんだよ・・・まさかそれでミット打ちなんてやってんのか?」

「そう!最近、ボクササイズコースが終わった後にトレーナーさんに付き合ってもらってるんだ!ミット打ちだけじゃなくスパーもやってるんだよ。竜一は知らないだろうけど。」

平然と、さも當たり前のような口調で答える明菜。

「お前、何考えてんだ?・・・あの大會はお遊びで出るもんじゃねーぞ・・・やめとけよ。」

「ふーん・・・私は遊んでるつもりはないけど・・・」

「でもあの大會は當然、男子も出るんだぞ・・・お前なんかが出たら怪我するぞ・・・」

「別にいーじゃん、竜一には関係ないでしょ?そういえば最初に対戦する可能性がある男子は竜一だったね、よろしく。」

特に表情を変えず淡々と答える明菜。

「いや・・・まぁ、関係ないっていうか・・・とにかく出るなって・・・今お前がやってんのはボクシングじゃなくてボクササイズだろ?」

「え~?なんで?・・・なんで出ちゃダメなの?別にボクササイズだって大會出れるでしょ?フフッ・・・もしかして・・・」

クスリと笑い、明菜はそう言うと満面の笑みを浮かべて、竜一の方に體を寄せる。

「もしかして、竜一は・・・昔ボコボコにされた強敵が怖いのかな・・・?」

赤いグローブに包まれた右の拳をフックのようなモーションで竜一の顎にぐいと押し付ける。

「なッ!?・・・ふ、ふざけんなッ!」

竜一は予想外の挑発に思わず聲が大きくなり、明菜の拳を払いのける。

そしてすぐに、平靜を裝うように聲のトーンを落とす。

「・・・そんなわけ・・・ねーだろ・・・」

「あれ?冗談のつもりだったけど・・・図星だったかな・・・?

そういえば結構派手にKOしたもんね・・・失神させちゃったり・・・」

「フン・・・いつまでそんな古い話してんだ?

まぁ・・・お前は過去の話しか自慢できねーもんな・・・」

「フフ・・・そうだね・・・

」

「もう好きにしろよ・・・怪我しても俺は知らねーからな・・・」

明菜の挑発に乗らずあくまで冷靜さを保とうと努める竜一。

「竜一もまた私のパンチで怪我しないように気をつけてね!フフフ・・」

「チッ・・・」

度重なる屈辱的な臺詞に我慢しきれず、思わず舌打ちが出る。

「まぁ・・・頑張れよ・・・」

落ち著いた表情を作り直しその場を去る竜一。

「変わってないな・・・竜一は・・・」

その背中を見つめて意味深な笑みを浮かべる明菜。

ジムでのトレーニングを終えた帰り道、內心は腸が煮えくり返るほどの怒りが湧き上がっていた竜一。

「クソッ・・・明菜の奴、ふざけたこと言いやがって・・・」

今の自分と明菜では実力は雲泥の差、はるかに実力の劣る明菜の妄言にイラつくのも大人気ない。

そう思ってジムでは冷靜な対応に努めた竜一だが、ついつい愚痴が出る。

もやもやした腹立たしさを抱えたまま、竜一は大會までの日程を過ごすことになった。

そして大會の初日。

午前中に第1回戦の試合を終えた竜一は、ロッカールームで一息ついていた。

今頃、リングでは明菜が第1回戦を戦っている頃だろう。

內心かなり気にはなっていたが、なんとなく見に行く気にはなれなかった。

明菜とは絶対に戦いたくない。正直、竜一はそう考えていた。

もちろん100%、天地がひっくり返っても勝てる自信はあった。

178cm、體重65kg、ウェルター級の竜一に対して、明菜は身長165cm程度、體重は50kg前後。

そもそも階級が違う上、男女の體格差、さらにプロを目指しここ數年、必死に鍛錬してきた竜一と明菜では體の鍛え方が違う。

ただ、女の子と試合、しかも気心知れた幼馴染と公眾の面前で試合をするということを考えると、なんとなく気恥かしさがあり、やりにくさがある。

もともと女子との試合はやりづらいと考えていた竜一には、最悪のシチュエーションだった。

とりあえず飲みものでも買ってくるか、そう思い廊下に出たところで柿田と出くわした。

「おう!1回戦お疲れ様・・・見てたぞ。1ラウンド2分ちょっとでTKO勝ち・・・お前、全然手加減する気なかったな・・・」

少し嫌味っぽい口調で柿田が言う。

「手加減・・・?・・・はぁ?・・・すみません・・・ちょっと考えごとしてたもんで・・・」

「なんだそれ?・・・まぁいいや、吉川も怪我はないみたいだし・・・」

竜一の的外れな答えに対し、怪訝そうな表情を浮かべた柿田だが、後輩が無事に試合を終え安心している様子。

「柿田さんも1回戦突破みたいですね。」

「1回戦はな・・・相手も弱かったし・・・そういえばお前の次に當たる対戦相手の試合、ちょうどさっき終わったところだぞ・・・」

「ど、どうだったんですか?」

食い気味に竜一が質問を投げかける。

「な、なんだよ・・・どうせ女子なんだし、お前の眼中にはねーだろ・・・」

「そ、そうです

けど・・・」

「北山さんだっけ・・・ボクシング部じゃない方、その子が勝ったよ。判定でね。」

「ま、マジですか・・・」

明菜との試合は避けたいという竜一の淡い願いは打ち破られ、あからさまに殘念そうな聲を漏らす。

「なんだ?もう一人の方と試合したかったのか・・・?

ビジュアルなら北山さんの方がいいぞー、顔可愛いし、胸も大きいし、俺だったら北山さんと試合したいな・・・」

いやらしい表情を浮かべる柿田。

「・・・えぇ・・・」

それに対して竜一は心ここにあらずといった反応。

「な、なんだよ、その薄っすい反応は・・・とにかく俺らは準決勝までは當たらないし、それまでお互い頑張ろうな・・・じゃあな!」

「あぁ・・・はい・・・」

完全に上の空といった様子で竜一は答えた。

そして、次の日。ついに迎えた大會2日目、第2回戦。

青字に白いラインの入ったトランクス、同色のリングシューズ、青いグローブをはめてリング下に現れた竜一。

前日までは明菜の意図を知ろうと思考を巡らせていたが、考えても結論が出ないと諦め、半ば開き直っていた。

「おはよッ・・・調子はどうかな?竜一。」

ふと後ろから呼びかけられ振り返ると、試合用の衣裝を身にまとい、ボクサーらしい格好の明菜。

赤のグローブに、蛍光系のピンクのトランクス、白を基調としたリングシューズ。

薄いピンクのスポーツブラからは豊満な胸の谷間がくっきり見える。

ポニーテールで一つにまとめた髪が、凜とした顔立ちの明菜の美しさを際立たせる。

明菜の姿を見慣れている竜一でも一瞬息を飲んでしまうような、女らしい魅力が詰まった格好だった。

「お、おう・・・上々だよ・・・なんだ?対戦相手の偵察か?お前のコーナーはあっちだろ?」

一瞬言葉に詰まったが、いつもの素っ気ない態度に変わる竜一。

「偵察なんて要らないよ~、そんなことしなくても私勝てるし・・・」

「あーはいはい・・・挑発もその辺にしとけよ・・・」

呆れた様子で答える竜一。

「それにしても・・・」

明菜がリングの周りを見渡す。

「強そうな人いっぱい見に來てるね・・・あの人達ってみんな竜一のライバルかな?

みんな竜一の試合を研究しに來てるんだろうね・・・」

「そうかもな・・・でも、相手がお前じゃ何の參考にもならねーけどな。」

「フフ・・・さすが優勝候補だね・・・でもさ、あの人たちの前で、女の子相手に無様にKO負けしたら、とんだ恥さらしになっちゃうね・・・」

ニヤニヤと笑みを浮かべる明菜。

「チッ・・・負けるわけねーだろ・・・ホントそのくらいにしとけよ・・・あんまり俺を怒らせると痛い目に會うのはお前だからな・・・」

冷靜な対応に努めてきた竜一だが、試合直前になってもしつこく続く挑発で怒りが表情に浮かんでしまう。

元來、かなりの負けず嫌いな性格であった竜一。

そして特に明菜に対しては昔から対抗心を燃やし、勝負事で

はムキになることが多かった。

それは幼馴染であり、しかも女である明菜に負けたくない、そういう意識が働いていたからだ。

たとえボクシングであろうと他のスポーツ、勉強であろうと。

そしてそのことを明菜はよく知っていた。

大人になり竜一もちょっとしたことではムキにならなくなった。

精神的に成長し、ある程度自分の感情をコントロールできるようになったからだ。

しかし竜一の心の根底、深層心理では変わっていなかった。

これまでの明菜の挑発に対する竜一の言葉の端々にそれが垣間見えていた。

おそらく自分の本性が露見してしまっていることに竜一本人は気がついていない。

しかし明菜にはすべてお見通しだった。

「あッ・・・そういえばさ・・・竜一と私が真剣勝負した試合の戦績って・・・私の6勝0敗でいいんだっけ?」

「はぁッ!?また昔の話かよ!いいかげん、うるせぇぞッ!・・・もう自分のコーナーに戻れって・・・そろそろ開始の時間だろ?」

険しい表情で、口調が荒くなる竜一。

明菜には我慢の限界を迎えた様子が手に取るように分かった。

「はいはい・・・分かりましたよ・・・お互い頑張ろうね~」

そう言って赤いグローブをひらひらとさせて手を振ると自分のコーナーに戻る明菜。

「アハ・・・やっぱり竜一は変わってないな・・・」

その表情には不敵な笑み浮かべられていた。

「青コーナー・・・・経済學部2年、戸崎竜一」

リング上で紹介のアナウンスが行われると、少數だがパチパチと拍手が上がる。

優勝候補の試合を見ようとリング外には、ライバルになると予想されるボクサー、そして単純に竜一の試合を見たいと集まった學生など、他の試合と比べ物にならないほどのギャラリーが集まっていた。

「赤コーナー・・・・商學部2年、北山明菜」

「頑張りま~す!」

「がんばれ明菜~」

リング外に集まった人々の少數派、明菜を見に來た友人たちからささやかな歓聲。

「あの子可愛いいよな?」

「北山さんか、商學部にあんな子いたんだ・・・後で聲かけてみよ・・・」

そして、明菜の魅力に心奪われた男のコソコソ話が湧き上がる。

レフリーによってリング中央に集められる竜一と明菜。

3分4ラウンド制、1ラウンドは3ノックダウン制・・・等など、レフリーが事務的にルール説明を行う。

その間も竜一をあざ笑うかのように、終始ニヤニヤとした表情を浮かべる明菜。

一方で険しい表情を崩さず鋭い眼光で睨みつける竜一。

「そうそう・・・その調子だよ・・・竜一・・・」

自分のコーナーに戻りセコンド役の友人にマウスピースをはめてもらう。

試合開始のゴングを待つ間、自分の期待した通りの反応を見せる竜一に対し、嬉々とした顔で思わず呟く明菜。

一方、竜一側のコーナーでは、早々に敗退した市村がセコンドとして付いていた。

「お~い・・・どうしたん?そんなに怖い顔してるとイケメンが臺無しだぞ。

」

竜一の肩を揉みながら、市村はおどけた口調で竜一に話しかける。

「・・・いや、何でもねーよ・・・」

竜一は市村の方を向くこともなく、険しい表情を崩さないまま答える。

「お、おう・・・何でもないならいいんだけどさ・・・」

市村はいつもと違う雰囲気を感じ取り、少し戸惑った表情を浮かべる。

「とりあえず俺の分まで頑張ってくれよ!期待してるぜッ!」

しかし、すぐにいつも通りの明るい表情を取り戻し、竜一の肩を軽く叩いて送り出す。

「おぅ・・・分かってるよ・・・」

そして、「カーン!!!」

試合開始のゴングが鳴る。

ゆっくりとしたフットワークでコーナーから離れていく明菜。

それに対して、キュッと鋭くリングをける音を響かせ勢いよくコーナーを飛び出した竜一。

「フンッ!!」

鬼気迫る表情で一気に接近すると鋭いジャブを放つ。

「おっと!・・・フフ・・・」

それをギリギリスウェーでかわす明菜。

「どしたの?・・・何を焦ってるのかな?」

軽快なフットワークで距離をとり、小馬鹿にしたような表情を浮かべながらリングを回る。

「うるせぇ・・・黙ってろ」

明菜の動きを追ってさらにジャブを連打、そして右フックを放つ。

「わわッ!!っとと・・・」

少し焦った表情を浮かべるも、またも竜一のパンチをかわした明菜。

「フフ・・・また避けちゃった・・・竜一、小學生の頃とあんまり変わらないね。」

挑発を続けながらフットワークで逃げ回る明菜。

(やっぱり・・・相変わらず癖は治ってないみたいね・・・)次々と繰り出される竜一の鋭いパンチ。

數々のボクサーを葬ってきた強力なパンチを的確にかわしていく明菜。

明菜は、竜一に癖があることを知っていた。

明菜だけが知っている、明菜だけが引き出せる癖。

それは明菜と対戦しムキになっている時に現れる、パンチを打つときの予備動作が大きくなってしまうという癖だった。

優秀なボクサーであれば、相手に読まれないようパンチを打つため、予備動作を極限まで小さくし、ノーモーションに近い形でパンチを打つことができる。

もちろん竜一も普段はそれに近いパンチを放つことができる。

しかし明菜と試合をする時だけは違った。

『こいつには負けたくない』

その思いが強すぎて異様な力みが生じ、予備動作が大きくなってしまう。

「クソッ・・・フンッ!!フッ!!フッ!!」

再び接近し、左ジャブ、右フック、左アッパーと連打を放つがやはり明菜の顔面にはヒットしない。

「ハハ・・・ちゃんと狙ってるの?」

竜一が明菜に力めば力むほど予備動作が大きくなる。

明菜はそれを狙って散々挑発を行い、対抗心を燃え上がらせていた。

そして、まさに狙い通りの展開になっていた。

「私もそろそろ反撃しちゃうよッ!」

竜一の右ストレートに対し、體半個分左側にずらしてかわすと左のジャブを顔面に返す。

パンッ!!

リングに乾いた音が響く。

「ブッ!!」明菜の赤い拳が竜一の鼻柱を捉える。

普通の人間であれば気がつかない予備動作のわずかな差。

もしも相手は他の人間であれば、この程度の予備動作でパンチを予測することが難しいだろう。

しかし、以前から散々竜一のパンチを見てきた明菜にとっては、肩から上腕の筋肉の動き、上體の緊張、目線、ステップ等などの予備動作で、完全にどのパンチが來るかが予想できた。

「グッ・・・」

女の子の腕力で放たれたパンチではあるが、的確に鼻柱を捉えられ痛みが走り顔をしかめる竜一。

「調子にのんなよッ!」

顔を赤らめ怒り心頭といった表情の竜一。

(ちくしょう・・・明菜なんかに・・・あいつなんかのパンチをもらうなんて・・・)頭に血が上ってさらに力みが増す。

「シッ!シッ!シッ!おらッ!」

左ジャブから右ストレート、左フックをボディと顔面へのダブルで、得意のコンビネーションを放つ。

「フフッ・・・」

(ますます力入っちゃって・・・バカみたい・・・)ジャブ、ストレートをスウェーでかわし、フックをブロッキングできっちり弾く。

「なっ・・・クソッ・・・」

さらに竜一は力任せにジャブから右ストレートを放つ「隙ができてるよッ!!」

右ストレートをかわして竜一の左サイドに回り込んだ明菜が脇腹目掛けて左フックを打ち込む。

「グッ!・・・クッ・・・シッ!!」

脇腹に淺くヒットし、さらに熱くなった竜一は力任せに左右のフックを振り回す。

「だから、そんなパンチ當たらないって」

明菜はスウェーでかわすと左ジャブを2発打ち込んでバックステップで距離を取る。

「ブッ!ブフッ!・・・ハァハァ・・・」

「ねぇ?・・・さっきから私のパンチばかりヒットしてるね・・・大丈夫?」

「ハァハァ・・・無駄口はその辺にしとけよッ!!」

(ちくしょう・・・調子に乗りやがって・・・)再び素早いフットワークで接近して次々とコンビネーションを放つが一向に命中せず、逆に明菜の軽いジャブがリズムよく顔面に決まっていく。

「ブッ!!ブゥッ!!」

(なんでだ・・・今のこいつが俺のパンチを避けられるわけないのに・・・なんとかして動きを止めるか・・・)竜一は明菜の退避行動を予測して、俊敏なフットワークと左ジャブを駆使し、逃げ場を奪っていく。

そして、そのままコーナーに追い詰め、まずは明菜の動きを止めようという算段だった。

次々の放たれる強烈な左ジャブ、その勢いに押され後退を餘儀なくされた明菜はついにコーナーに背をつける狀態に・・・「ハァハァ・・・フンッ・・・これで終わりだな・・・」

「カーン!!」

逃げ場のない狀況で明菜に連打を打ち込む、竜一がそう考えた瞬間、1ラウンド終了を告げるゴングが鳴る。

「フフ・・・ボクサーの癖に時間の管理もできてないなんて、まだまだね。」

そう言ってぽんと竜一の肩を叩き自分のコーナーに戻っていく明菜。

「グッ・・・ちき

しょうッ!!」

まんまと明菜にハメられた竜一。

行き場のない憤りが體內に湧き上がってくる。

マウスピースがちぎれそうな程噛み締め、自分のコーナーに戻って行く。

「おい・・・どうした竜一、體調でも悪いのか?」

「大丈夫だよッ!」

予想外の劣勢に戸惑い気味の市村が心配そうに話しかけると、竜一はぶっきらぼうに返す。

「相手の子・・・そんなに強そうには見えないけど、まさか手加減とかしてないよね。」

「んなわけねーだろッ!・・・いいんだよ、次のラウンドで仕留めるから。」

「そ、そうか・・・」

「カーン!」

そして第2ラウンド開始のゴングがなる。

相変わらず憎たらしい笑みを浮かべて、ゆっくりとしたフットワークでリング中央に向かって歩み出る明菜。

それに対して第1ラウンド同様、素早く接近し、ジャブからコンビネーションにつなげる竜一。

挑発に対する怒りで力みが生じていた上に、第1ラウンドの判定のポイントを取られた焦りが竜一には生まれていた。

(竜一って本當に単純で可愛いね・・・)明菜はその様子を見て、ほくそ笑みながら、第1ラウンド同様、竜一のパンチをかわし続ける。

無駄な力みと焦りよって、身體の筋肉の緊張は増し、普段よりも體力を消費する。

第2ラウンド終盤にもなると竜一は肩で息をし始めていた。

リング外のギャラリーたちも、初めは竜一が手を抜いているのだろうと思っていた。

「おいおい・・・戸崎の奴、何遊んでんだ?可愛い子ちゃん相手だから手加減してんのか?」

「いやでも、あいつの表情ガチじゃねーか?」

しかし、徐々に竜一が苦戦している様子が見て取れ、ざわめき始めていた。

「ブッ・・・・クッ・・・」

ジャブの連打が再び竜一の鼻柱を捉える。

明菜の細腕から放たれたジャブとは言え、竜一の顔は鼻を中心に徐々に赤くなり始めていた。

「ハァハァ・・・クソ・・・こうなったら・・・フンッ」

竜一は素早い踏み込みからジャブ、右フックを放ったところで、さらに體を寄せて強引にクリンチを仕掛けた。

自分の上がりきった息を整えるため、そしてこれ以上パンチをもらわないための苦肉の策だった。

「ちょッ・・・なッ!ご、強引ね・・・」

これには明菜も少し焦った表情を浮かべる。

「ハァハァ・・・うるせぇ・・・ハァハァ・・・」

竜一の荒い息遣いに自分の作戦が功を奏していることを確信し、明菜の顔は勝ち誇った笑みに変わる。

「フフ・・・強引な男って嫌われるよ・・・」

クリンチをした狀態で、明菜はふざけた口調で囁く。

「ハァハァ・・・うるせぇよ・・・」

「それにしても大丈夫?かなり息上がってるけど・・・なんかがっかりだなぁ・・・これじゃあ1回戦の子の方が強かったよ・・・」

「クッ・・・ハァハァ・・・うるせぇ・・・」

「フフ・・・何?それしか言えないの?」

鬼気迫る表情で明菜を睨みつける竜一。

「ハァハァ・・・ちょこちょこ

逃げ回りやがって・・・お前・・・どうせ判定狙いで勝とうと思ってんだろ・・・?」

「ん~・・・どうだろうね・・・過去の結果は全部私のKO勝ちだけどね・・・」

「また昔の話かよ・・・ハァハァ・・・お前みたいなただの女子大生のパンチなんか効くわけねーだろ・・・」

「ん~・・・それもどうだろうね・・・?」

意味ありげな笑みを浮かべて答える明菜。

「ブレイクッ!!」

ここで膠著狀態に入ったと判斷したレフリーからクリンチを解くよう指示が入る。

(なんなんだよ・・・あの態度・・・まぁいいや、あいつのハッタリにいつまでも付き合ってられるか)明菜の態度の意図を探ろうとしても答えが出ないし、意味もない、そう考えた竜一。

レフリーが試合再開を宣言するとともに一気に距離を詰め再び連打を浴びせる。

「ハァハァ・・・シッ!!」

「當たらないよ・・・それッ!!」

竜一が左フックの打ち終わりを狙い左側に素早く回り込んだ明菜が竜一の顔に左フックを返す。

息が上がり大きく息を吸い込むために竜一が口を開いた瞬間、明菜の左フックを口元に直撃する。

バシンッ!!

「ブフッ!!」

竜一の口からマウスピースが外れリングにこぼれ落ちる。

「アハッ・・・マウスピース取れちゃったね・・これで少しは私が判定狙いじゃないって分かってくれたかな・・・」

「カーン!!」

そこで第2ラウンド終了のゴングが鳴る。

「クッ・・・クソッ!!」

竜一は怒りを露わにしてリングに転がったマウスピースを亂暴に拾い上げる。

一方的にパンチをヒットさせられた上に、マウスピースを飛ばされる。

この上ない屈辱に竜一の怒りの炎は異常なほど燃え上がっていた。

「ハァハァ・・・ちくしょう・・・」

フックのダメージは深刻ではないが、焦りと怒りをさらに促すという面では有効打になった。

「お、おい・・・本當に大丈夫かよ・・・竜一・・・」

明らかに苛立った様子で戻ってくる竜一に対し、不安げな表情の市村が恐る恐る問いかける。

「大丈夫だって言ってるだろッ!・・・ハァハァ・・・黙って見てろってッ!」

先ほどよりもさらに怒気と疲労感が増した様子の竜一。

「明菜すごいじゃん!このラウンドもとったよ!あと半分、2ラウンド凌げば逃げ切れるよ!」

対照的に明るい雰囲気の明菜側のコーナー、セコンド役の友人が弾むような聲で話しかける。

「ハァハァ・・・そうね・・・次のラウンドがチャンスだから、攻めていこうと思う。」

「えぇッ!?・・・このまま逃げ切ればいいんじゃないの?この前みたいに判定勝ちできるのに・・・」

まさかの宣言に唖然とした表情の友人。

「この試合はしっかり決著つけたいんだよね・・・」

「そ、そう・・・・」

「おいおい・・・第2ラウンドも女の子の方がとったぞ・・・戸崎の奴ヤバイんじゃね・・・」

「まさか・・・戸崎が女の子に負けるわけねーだろ・・・」

「でも殘り2

ラウンドだぞ・・・」

リング外のザワつきもさらに広がり始めていた。

「カーン!!」

第3ラウンド開始のゴングが鳴る。

このラウンドもやはり竜一から距離を詰めジャブからコンビネーションを放つ。

左ジャブからの脇腹に目掛けて左フック、そして右アッパーをボディへ。

これを冷靜に射程圏外に逃れてかわす明菜。

(ふーん・・・ボディで私の動きを止めようとってことね・・・でも疲れて來てるのが丸見え・・・さっきよりモーション大きくなってる・・・ぜーんぶ見えてるんだからね・・)再び距離を詰めて來る竜一。

(ボディが來る・・・)ボディブローを予見した明菜は、逆に踏み込んで接近、竜一が脇腹目掛けて放った左フックの軌道の內側に入り、右アッパーをカウンターで放つ。

ガツンッ!!

「ガッ!!」

明菜の拳が竜一の顎に命中し鈍い音が響く。

「クッ・・・」

カウンターのクリーンヒットをもらい、バックステップで一旦距離をとる竜一。

「あれ?・・・カウンター當たっちゃった・・・ラッキーパンチかな・・・」

噓くさいセリフで挑発する明菜。

「クソ・・・ふざけんなッ!」

再び射程圏內に入ると左ジャブから右ストレート、左フック。

そしてそれを明菜がかわすと、ワンツーから右へ移動して右ストレート。

コンビネーションに変化をつけつつ狙いを顔面に戻す竜一。

(意味ないのになぁ・・・全部打つ前に見えてるし・・・)続けて左ジャブから右ストレートが來ることを予見した明菜。

竜一の放った右ストレートを顔面スレスレでかわすと外側から左フックをカウンターで打ち込む。

スパン!!

「グァッ!!」

明菜の拳が頬にめり込み顔面を弾かれる。

「フフ・・・ラッキーラッキー・・・」

弾むような聲でフットワークをとり、竜一の射程圏外に逃れる明菜。

「クソォ・・・」

(なんでだ?・・・なんであいつは俺のパンチをよけられる・・・なんでだ?・・・しかもカウンターまで・・・)竜一は必死に考えるが答えはまったく見當たらない。

疲労と焦りが増す一方だった。

「・・・この・・・グッ!!」

竜一の右ストレートを明菜はダッキングでかわしながら右ストレートをボディに。

「クソ・・・・ブハッ!!」

左ジャブに対し左にヘッドスリップでかわしながら右フックを顎に。

「クッ・・・ブハッッ!!」

右ストレートのうち終わりに合わせて被せるように左ストレートを頬に。

パンチを打てば打つほど、明菜に次々とカウンターを決められる竜一。

「フフ・・・何遊んでんの?・・・ねぇッ!」

手が止まった竜一の懐に潛り込み、明菜が右フックで竜一の顎を打ち抜く。

パンッ!!

「グァッ・・・」

すると、竜一の膝がかくんと折れかける。

「あれぇ~・・・今のパンチ効いちゃったの?・・・脳みそ揺れちゃったかな?」

憎たらしい口調で煽る明菜。

「くそ・・・」

1発1発に威力はないが、カウンターで決

められることで徐々に竜一の體は蝕まれ始めていた。

さすがにこれ以上カウンターをもらうわけにはいかない。

そう考え一旦距離をとる竜一。

「ふ~ん・・・そっちが來ないから私から行くよ・・・」

ゆっくりと近づき左ジャブ、そして右ストレート。

「ハァハァ・・・なめんな・・・この程度のパンチ。」

あっさりとパンチを弾く竜一。

さらに左ジャブ、右ストレート、左フックとパンチを続ける明菜。

何度かコンビネーションを続け、(そろそろ狙ってくるかな・・・)そして明菜が左ジャブ、そして右ストレートを放った瞬間。

竜一がそれをかわして左フックをカウンターで合わせることを察知した明菜。

「來た・・・」

竜一が明菜の左側に回り込んで左フックを返すその瞬間。

右の拳を素早く戻しつつ、體をかがませてパンチをかわしながら、體を回転させ同じように左フックを放つ。

スパーン!!

「ブフッッッ!!?」

明菜の拳が直撃し、體が回転する動きと反対方向に弾かれる竜一の顎先。

汗と涎が飛び散り、目線が宙を舞う。

今までにない最高のタイミングで急所に命中した一撃。

さすがの竜一もこのカウンターの一撃で脳を揺さぶられてしまった。

「あァ・・・」

力ない聲を漏らし、膝がリングに落ちると、遅れて両方の拳をついてしまう。

「ダ、ダウン!!」

レフリーからこの試合初めてのダウンが宣告される。

「ハハ・・・変わってないね~・・・竜一。できもしないのにカウンター狙って・・・私のカウンターもらってたよねぇ~?」

土下座のような姿勢となった竜一に対し、明菜は身をかがませて顔を近づけて言う。

「それにしても・・・どうしたの?女子大生のパンチなんて効かないんじゃなかったのかな~?」

さらに屈辱的な言葉を続けながらニュートラルコーナーに向かう。

「ハァハァ・・・う・・・噓だろ・・・」

相手はプロを目指しているようなボクサーではない、ボクササイズ教室に通っているただの女子大生。

體つきも日々の鍛錬で鋼のように鍛え上げられた竜一よりも、一回りもふた回りも小さくスレンダー。

そんな相手にダウンを奪われ竜一は數秒呆然とした表情。

「ファイブ、シックス・・・」

「ク・・・ふざけんなッ!!」

レフリーのカウントが耳に響き我を取り戻す。

リングに右の拳を叩きつけて立ち上がるとすぐにファイティングポーズを取りレフリーに再開を促す。

「ボックスッ!!」

ダウンを奪われたものの幸い下半身の感覚は殘っており、致命傷ではない。

しかし、このダウンで完全にポイントで劣勢に立たされた竜一。

第3ラウンドも殘り時間が少なくなってきおり、攻めていくしかない狀況に立たされた。

「ほら・・・そろそろ竜一もパンチ當てないと本當に負けちゃうよ・・・?」

それを知っていて敢えて焦りを誘うような臺詞を放つ明菜。

「わかってるんだよ!・・・そんなことッ!」

竜一は飛びかかる

ように接近し左ジャブ、右ストレート、軽快なフットワークで難なくかわす明菜。

「クソォ!・・・シッ!」

リング內を広く使って逃げ回る明菜、それを追い立てるようにパンチを振るっていく竜一。

ふいに明菜の背後の赤いコーナーが目に入る竜一。

(この距離なら・・・行ける・・・)鋭いジャブ2発を放つと明菜の背中とコーナーポストが近づいていく。

(よし・・・今だッ!!)明菜の背中がコーナーポストに接觸した瞬間、竜一は飛び込むよう接近し、明菜の顔面に右ストレートを打ち込んだ。

(え・・・??)パンチ打ち込んだと同時に明菜の顔は竜一の視界から消え、次の瞬間には視界いっぱいに真っ赤な物體が広がっていた。

バンッッッ!!

「ブフッッッ!!!」

爆発音のような音が響くリング。

明菜の赤いグローブが竜一の顔面のど真ん中に打ち込まれていた。

明菜は竜一が右ストレートを放つ瞬間に體を左側にスライドさせながらカウンターの右フックを打ち込んでいた。

自分の突進した勢いに押され、そのままコーナーポストに激突し、ロープを伝わってリングに仰向けに倒れこむ竜一。

「ウゥ・・・あァ・・・」

虛ろな表情で、鼻からは鮮血が滴っている。

よっぽどの衝撃であったのであろう、女の子の細腕のパンチとは言え、竜一は完全にグロッキー狀態にされてしまった。

「竜一ッ!!立てッ!立てよッ!!」

竜一の危機的な狀況を目の當たりにして、コーナーに控える市村がリングに乗り出すような姿勢で聲を上げる。

「フフ・・・なんか懐かしい・・・昔はこんな光景よく見たね・・・」

腰に手を當てて、ダウンした竜一のそばに仁王立ちし、顔をのぞき見ながら呟く明菜。

レフリーがコーナーに行くよう指示をする。

「ワン、ツー・・・」

「ウ・・・ウグ・・・」

カウントが始まると、僅かに竜一の顔に生気が戻る。

しばし宙を彷徨っていた左腕がロープに絡みつく。

(ちくしょう・・・噓だろ・・・こんなこと・・・ありえない・・・俺があいつに負けるなんて・・・)ほとんど脫力狀態の下半身に力を込め、竜一はロープに縋りながら、なんとかカウント8で立ち上がった。

(明菜に・・・明菜に負けるなんて・・・)ぼんやりとした表情のまま、かろうじてファイティングポーズをとる。

「カーン!!!」

ここで第3ラウンド終了のゴングが鳴った。

「ちょっとは成長したかな・・・小學生の頃だったら今のでKOだったよね・・・」

お互いのコーナーに戻る際、フラつきながら歩く竜一に、明菜が嫌味を言うが、竜一には言葉を返す餘裕はなかった。

心もとない足取りでフラフラとコーナーに戻る竜一。

もはや優勝候補の面影もなかった。

「よく立ったぞ!!」

市村が感極まったような表情を浮かべ、大聲を張り上げて迎える。

「ちくしょう・・・あんな奴に・・・」

「とりあえず喋らなくていいから・・・この時間でできるだけ體力を回復

しよう。次のラウンドが勝負だ・・・」

勵ましの言葉を続けながらてきぱきと処置を済ませる。

「クソ・・・なんでだ・・・」

気持ちが落ちかけている様子の竜一。

これまで青春の多くを捨て、ただひたすらトレーニングに勵んできた。

それにも関わらず、片手間でボクササイズをやっている幼馴染、體格がはるかに劣る女のの子相手に劣勢に立たされている。

竜一の自信は砕かれかけていた。

「おい!竜一ッ!・・・もうお前は相手がどうとか考える必要ねーんだ・・・周りの目も関係ねー、多少手こずっても最終的に優勝してやりゃ、周りも黙るさ!」

市村が竜一の目の前に立ち真っ直ぐに顔を見つめ、いつにない真剣な表情で鼓舞する。

「お・・・おう・・・」

「いいか?お前のパンチはうちの大學でナンバー1だ。まともに入れば立ち上がれる奴なんて、いやしない。1発だ・・・3分で1発決めればお前の勝ち・・・チャンスなんかいくらでもある・・・」

「1発・・・?」

「そうだ!1発だけでいいんだッ!!」

熱のこもった口調で市村が宣言する。

「1発か・・・そ、そうだな・・・」

市村の言葉に呼応ように、徐々に自信が湧き上がってくる竜一。

「足は動くか?」

「おう・・・なんとかなりそうだ・・・」

「そうか!なら大丈夫だ・・・お前の実力見せつけてくれよ!なッ!!」

そう言って市村は竜一の背中をバシッと叩く。

「痛ッ!!てめー、強く毆りすぎだ・・・まぁ、でも目が覚めたわ・・・1発決めてくるぜ・・・」

口元には裂傷がチラホラ、鼻からは鮮血が滴る。左目は少し赤くなり、顔はボロボロの狀態だ。

しかし、満身創痍ながら竜一の闘志にもう一度火がつく。

「ふ~ん・・・なんかやる気出てきちゃったみたいじゃん・・・それなら・・」

明菜は企みを孕んだ目でその様子を見つめる。

「セコンドアウト!」

時間の終了が告げられる。

「かましてこいッ!!」

「おうッ!!」

市村の威勢の良い聲に押されて竜一が立ち上がる。

自信に満ちた表情、市村にはその顔がこの日一番輝いて見え、市村が知っている本來の竜一の表情だった。

「カーン!!」

そして最終、第4ラウンドのゴングが鳴る。

両者がゆっくりとリング中央に歩み出る。

そして竜一が素早いフットワークで接近、ジャブのモーションに入った瞬間だった。

ボコッ!!!

鈍い打撃音がリングに響く。

ジャブで接近してくることを予見していた明菜がジャブを弾きつつ懐に入り右ストレートを打ち込んでいた。

「ブェェェェッ!!」

明菜の赤いグローブが竜一の頬にめり込み醜く歪んだ口から血の混じった涎が飛び散る。

「なッ!?・・・竜一ッッ!!」

市村が悲鳴のような聲を上げる。

「フフ・・・バカだね・・・気合でなんとかなると思ったの・・・?」

速攻でカウンターを仕掛け出鼻を挫く、それが明菜の企みだった。

右の拳を竜一の頬にねじ込みながらほくそ笑

む。

「うぐ・・・あぁ・・・」

ラウンド開始早々、完璧なカウンターで出鼻を挫かれ、完全に脳を揺さぶられてしまった竜一。

だらし無い聲を漏らし、たたらを踏んでその場に立ち盡くしてしまう。

「まだまだ、これからだよ・・・」

そんな竜一の體をクリンチで確保する明菜。

そのままロープ際まで押していく。

竜一の背中がロープに到達したことを確認すると「サンドバッグになって・・・ねッ!」

力が抜け緩んだ狀態の竜一の腹筋目掛けて、右アッパーをめり込ませる。

ドスンッ!!

「グェェェッッ!!!??」

鈍く重い音が響くと、明菜の小さな拳が深々と竜一の鳩尾にめり込む。

激しい痛みと湧き上がる吐き気によって竜一は目を大きく見開き、口からはマウスピースがはみ出て涎が滴る。

脳髄まで響くような激痛で意識が強制的に呼び戻される。

「ほらッ!!ほらッ!!どうしたの?抵抗もできないのッ?」

自分の體を上手く竜一の體に寄せ、ロープとの間に固定しながら右アッパーを次々めり込ませる。

「グェッ!!ウッ!!ウゥッ!!・・・ング・・・ウェェ・・・」

湧き上がる胃液を抑え、必死にマウスピースがこぼれ落ちるのを耐えることしかできない竜一。

「フフ・・・簡単には終わらせてあげないよ・・・ねぇ、竜一?・・・私を怒らせると怖いってこと思い出した・・・?ねぇッ!」

密著したまま右のショートアッパーで竜一の顎を突き上げ、左フックで竜一の顔面を弾き飛ばす明菜。

ガツンッ!!バスンッッ!!

「ガハ!!・・・ガハッッ!!・・・あァ・・・・」

パンチが命中するたびに涎が激しく飛び散り、竜一の目線が再び宙を彷徨う。

「アハ・・・やっぱいつ見てもいいね、竜一のこの顔・・・表情・・・フフ・・・」

顔が落ちてきたところに覆いかぶせるように右フック、下がった顔面に左アッパー・・・さらに顔面を正面から打ち抜くよう右ストレートを叩き込む。

バクンッ!!ドゴッッ!!ドガンッッ!!

「ブェェェッ!!!ガハッッッ!!!ブフッッッッ!!」

無抵抗の竜一に次々とパンチが叩き込まれる。

口元、鼻からの出血の勢いが増し、竜一の顎先から滴り始める。

下半身の力が抜け、崩れ落ちそうになる竜一の體に対し、上手く自分の體を當て、ロープとの間に挾み、それを許さない明菜。

「フフ・・・やっぱり・・・何年経っても私の方が強いね・・・ねぇッ?」

體の捻りを利用して、再び鳩尾に右アッパーをねじ込む。

「ウブシュッ!!・・・ウゥ・・・」

竜一の口から血と胃液、涎の混じった液體が、口とマウスピースの隙間を縫って飛び散る。

「フフ・・・もう降參・・・かな?・・・ねぇ?竜一?」

「ウゥ・・・ク・・・ソ・・・」

「え!?・・・聞こえないよッ!!」

口角を吊り上げ意地悪そうな表情を浮かべつつ、再び右の拳を鳩尾に抉りこませる明菜。

「ウブシュッッ!!」

激しさを増して竜一の口から液

體が飛び散る。

「ウグ・・・お、お前・・・お前なんかに・・・」

「えッ?・・・な~に?」

「お前なんかに・・・負けるかよ・・・」

表情はぼんやりとしているが、目の奧に宿した闘志は完全には消えていなかった。

「ウフ・・・そういう負けず嫌いなところも変わってないね・・・それじゃあ・・・」

そう言うと、右アッパーで竜一の顎を突き上げる明菜。

ガツンッ!!

「ウァ・・・」

竜一が小さい聲を漏らして、體から力が抜ける。

そして、完全に無抵抗となった竜一をロープの方に突き飛ばし、ゆっくりと跳ね返って差し出された顎先に大振りの左右のフックを炸裂させる。

スパンッ!!スパンッ!!

「ブゥゥゥッッッ!!ブハッッッッ!!」

明菜の拳が竜一の顎を打ち抜くと、てこの原理で頭部が激震し、汗が飛び散る。

「フフ・・・これで私の7勝目だねッ!!!」

さらに右腕を思いっきり引き絞り、全身の力を乗せた右フックを打ち込む。

バゴンッッッッ!!!

「ブェェェェェッッッ!!!」

明菜の右の拳が竜一の頬を潰すとグチュという気味の悪い音が響き、血まみれのマウスピースがリング外に飛び出す。

コーナーに控える市村は、もはや聲を失い茫然自失といった表情。

リング外の竜一のライバル達も酷い慘劇を目の當たりにして、完全な傍観者と化していた。

そのうちの一人のトランクスにマウスピースがへばりつくと、ねっとりと血と涎の糸を引いて落ちていく。

「ヒィッ・・・ウワァッ!!」

竜一の體は不自然にピンと伸びた狀態のままゆっくりと左側に傾き、リングに叩きつけられるようにうつ伏せに倒れこむ。

「ダウンッ!!」

レフリーがダウンを宣告し、竜一の顔の近くでカウントを始めようと指を差し出す。

「ワン!ツー!・・・うわ・・・」

しかし、白目を剝き、鼻から下は血まみれ、小刻みに痙攣する竜一の様子を見てカウントを取りやめる。

「カンカンカーン!!!」

試合続行不能と判斷したレフリーが両腕を大きく振り、ゴングが高々と打ち鳴らされる。

「勝者!!北山明菜ッ!!」

「イエーイ!」

レフリーに右腕を掲げられ弾けるような笑顔を振りまく明菜。

「おいッ!!竜一ッ!!」

我を取り戻した市村が慌てた様子で駆け寄る。

それに続いて救護班が大挙してリングに上がる。

「ウフフ・・・あ~気持ち良かった・・・あッ・・そうだッ!」

何かを思いついた様子の明菜は救護の処置を施されている竜一のそばに歩み寄る。

「お疲れ様、竜一・・・映畫ッ!楽しみにしてるよ~・・・またねッ!・・・」

意識を取り戻す様子のない竜一に対して、明菜は可愛らしい聲でそう告げ、手を振りながらその場を離れる。

その場にいた誰もその言葉を理解できなかったが、明菜はその一言を言うと満足した表情を浮かべてリングを降りていった。

【校內統一ボクシング大會 2回戦】優勝候補ボクササイズ女子大生●戸崎竜一第4ラ

ウンド 〇北山明菜0:50失神KO

看到回響不錯繼續第二彈這次內容是一個大學的拳擊手要在學員祭上表演拳擊賽但他對手因事無法參加於是學園的偶像因為自己練了點拳擊自告奮勇參加結果主角慘被KO 原因被一堆粉絲+偶像嗆面子掛不住而被削弱幹掉一樣有人回的話會繼續發布首都圏郊外にある、とある大學。ここでは今、年一回の盛大な學園祭が開かれ、祝祭と興奮がピークに達していた。

この大學の文化祭はかなり規模が大きいため、あちこちから人が集まってくる他、ステージでの催し物はネットの動畫サイトを使って生中継され、大勢の視聴者を得ていた。

もともと人気があったこのネット中継だが、今年は視聴者數が跳ね上がっていた。いつもは招待された有名アイドルが歌うときでも精々一萬人行くか行かないか、程度なのだが、今年はほとんど常に十萬人を超えていた。

その原動力となっているのは、ステージの中央に立って司會する一人の美少女、この大學の二年生の篠宮千佳だった。去年の學園祭の時に行われたミスコンで優勝したのを機にブレイクし、どんなに気難しい男でも一発で陥落させてしまう可憐なルックス、無駄のないモデル體型、優れた歌唱力で人気を集め、今や単獨ライブにファンが何萬人も詰めかけるほどだった。

本來なら學園祭ステージの司會に呼べるような相手ではないが、彼女は今でもここの學生だったし、彼女がブレイクするきっかけとなった學園祭でもあるので、司會をすることになったのだ。そのため、ステージは例年の體育館から陸上競技場に移り、特設ステージの上で彼女がマイクを握っている。陸上競技場は擂り缽狀の窪地の底にあって、なだらかな斜面はこの大學のほぼ全員の學生や彼女のファンなど、一萬人以上の観客で埋まっていた。

菊原悠鬥は、ボクシンググローブをはめてガウンを身に纏いながら、競技場の一角にある特設リングのコーナサイドに座っていた。今日はこれから、學園祭の出し物の一つとして、悠鬥とこの大學のボクシング部の主將との特別試合が開かれることになっていた。

悠鬥はこの大學の四年生だったが、ボクシング部には入らずプロボクサーとして活躍していた。プロデビュー以來3年間で、8戦3敗という成績を殘していて、昨年には新人王を獲得し、その後も勝ち進み、前回の試合で日本ランカーにKO勝ちしたため、日本ランキングにも名前が載っていた。來年の卒業後にはタイトルマッチへの挑戦を考えていて、いつかは世界チャンピオンにと夢見ながら、日々厳しい鍛錬を続けて技を磨いていた。

そんな悠鬥と大學ボクシング部の主將が同じ四年生だったので、同窓で同學年のプロアマボクシング対決をしたら面白いだろう…と學園祭実行委員會が考え、悠鬥も面白そうだと思って了承したのだ。

今日の試合に、悠鬥は絶対の自信を持っていた。この大學のボクシング部は弱小とまでは言わないまでも強いとは言えなかったし、今日の

相手のボクシング部主將も大した実績は無く、二日前には一緒にスパーリングをしたが、悠鬥より階級が上にも関わらず、全く歯応えが無かった。

おまけに、今日は観客を盛り上げるため、ヘッドギア無し・4回戦のプロの形式で試合をするのだ。負ける要素など何も無かった。アマチュアボクシングは3ラウンドの形式しか無いし、悠鬥との実力差を考えても、まあ第4ラウンドまで持てば良い方かな、などと考えていると、観客席がわっと盛り上がった。

いよいよ対戦相手が現れたのかと思って視線を向けると、なぜかさっきまでワンピースを著てステージの上でマイクを握っていた篠宮千佳が、タンクトップにトランクスに真っ赤なグローブというまるで女子ボクサーのような格好でリングに歩み寄ってきた。こんな格好でラウンドガールかリングアナウンサーをやるつもりなのかなと思っていると、千佳はリングに上がり、まだ手にしていたマイクに向かって叫んだ。

「ここで皆さんにお知らせがあります。11時から開始予定だったプロアマボクシング対決ですが、ボクシング部の山本君が體調不良でお休みとなりました。」

突然のアナウンスに、思わずがっかりする。だが、観客の方はそうでも無かったようだった。もともと、観客は催し物の合間の千佳のパフォーマンスの方を楽しみにしているのだ。観客席からは「チカー、何かやってー」とか「チカ、歌ってー」とかいう叫び聲が聞こえて來る。その次の瞬間、千佳は信じられないようなことを口走った。

「そこで、皆さんのご期待にお応えして、代わりに私がパフォーマンスを行います。ズバリ、學園祭ミックスボクシング対決、つまり私が戦います!」

観客席から「えぇーっ」というどよめきや悲鳴が聞こえるが、悠鬥は観客の數倍混亂していた。一體何を言ってるんだ、この女は!?

「皆さん、心配ご無用。実は私、半年ほど前から女子ボクシング同好會に所屬してまして、拳を磨いていたのです。」

そういえば、この大學には女子ボクシング部以外にもボクササイズ目的の同好會があると聞いたことがある。しかし、たかが數ヶ月ボクササイズをした程度の女子が、中學からボクシング部で十年近いボクシング暦を持ち、最近では連戦連勝、日本ランカーでもある男子のプロボクサーに挑むなんて、一體どういう神経してるんだ?呆れながらも、慌てて言った。

「ちょっと、篠宮さん、勝手に何言ってるんだ。素人の女の子とミックスボクシングなんて、出來るわけないだろ?」

悠鬥がそう言うと、千佳はマイクを離して、まるで二人だけの話ですという風に前屈みになって上目遣いに言う。

「まあまあ、いいじゃないですか、菊原先輩。ほんのちょっとしたお遊びのエキシビジョンマッチですよ。ほら、テレビでよくやるじゃないですか、プロの格闘家と芸人が試合したり。そういうようなものですよ。學園祭でのちょっとした出し物ですし。」

確かにテレビで

はそういう企畫はよくあるし、學園祭ステージの出し物なら…と思ってから慌ててそんな考えを一掃する。テレビ局はプロのスタッフが厳重なリスク管理をしているが、學園祭はそうではないのだ。

「いや、でもね、本當に危険だから…」

「大丈夫ですよ、私、本當に結構強いですから。あんまり油斷してると、菊原先輩をノックアウトしちゃいますよ?」

あまりにも向こう見ずな発言に、そもそもまともな勝負になるわけないだろ、と思うが、それを言うとますますヒートアップしそうなので止めて、ともかく斷ることにする。

「ともかく、俺はそんなのやらないから。悪いけど帰らせてもらうよ。」

そう言ってリングを出ようとすると、妖艶で甘ったるいのにどこか挑発的な聲で千佳が言った。

「そんなこと言っていいんですかあ、菊原先輩。會場の雰囲気、見て下さいよ。本當にこのまま帰れますか?」

そう言われて會場の方に注意を向けると、異様な興奮狀態にあった。大學が誇るスーパーアイドルがプロボクサーとミックスボクシングの試合をする。その漫畫やアニメのような展開に、學生たちは熱狂し、千佳に聲を枯らして聲援を送っていた。

「こんな狀況で私から背を向けて帰ったら、先輩はさぞかし臆病な男子ボクサーって思われるでしょうね。まあ私は別にそれでもいいんですけど。」

思わず舌打ちしつつ、確かにその可能性があることを認める。いくらプロボクサーとして高い実力を持つとはいえ、悠鬥はまだ二十歳を過ぎたばかりの若い男子だった。プロボクサーなのにボクシングで女の子との試合から逃げた、などと根も葉もない噂でバカにされるかと思うと、想像するだけで屈辱だった。しかも、なまじグローブをはめてリングに上がり、試合を始める萬全の態勢だったため、餘計に斷りづらかった。

「いいよ、やってやる。後悔するなよ。」

「しませんよー。するのは先輩じゃないですかあ?」

どこまでも口の減らない女だと思っていると、千佳はマイクを再び取って観客席に向かって聲を張り上げた。

「菊原君が試合を承知してくれました。これから私の華麗なテクニックでプロボクサーをノックアウトするので、みんな楽しみにしててねー!!」

その言葉に観客は熱狂的な聲援で応える。勝手にやってろ、と思いながら、改めて千佳の體を見る。腹部がほとんど露出したタンクトップからはよく鍛えられた無駄のない腹筋が覗いているし、肩や腕にもそれなりに筋肉は付いていて、ボクササイズでやってるだけの女子大生にしては鍛えてる方という感じだった。

「篠宮さん、あんた試合かスパーリングの経験は?」

コーナーサイドからそう尋ねると、千佳は特に隠す風もなく答える。

「女子ボクシング部の子とスパーリングを二回しました。どっちも判定負けでしたけど。」

それを聞いて、悠鬥は改めて、こいつは底無しの馬鹿だと思う。よほどダントツの運動神経があって女子相手に無敵で

男子に挑みたくなったのなら、無謀とはいえ理解できないこともない。しかし、女子相手(それも、この大學の女子ボクシング部はかなり弱い)にすら判定負けするような奴が、大學生とは言えプロボクサーとしてトップクラスの実力を持つ男子と試合して、まともに戦えるわけがない。

少しして、千佳の準備が終わり、悠鬥はガウンを脫いでリングの中央に進んだ。十年近いボクサーとしての鍛錬で鍛え抜いた逆三角形の無駄のない筋肉質の肉體、盛り上がった背筋や二の腕を見て、女性の観客からため息が漏れる。リングの中央で向き合い、ファイティングポーズを取った。身長178センチの、がっしりとしたいかにも屈強な男子と、身長163センチのモデル體型の千佳。どちらが強いかなど考えるまでもないように、むしろ、なぜリングで向かい合ってるか不可解なように見える。

「へえ、結構強そうですね、菊原先輩。先輩の戦績、どんな感じですか?」

「プロデビュー以來、8勝3敗、デビュー直後に3連敗後は8連勝だ。ちなみに、そのうち7回はKO勝ちだ。去年は新人王を獲って、先月からは日本ランカーになった。驚いたか?今からやめたっていいんだぜ。」

だが、悠鬥の抜群な戦績と、その背景にある圧倒的な強さを聞いても、千佳は恐れる様子もなく、むしろ嬉しそうに微笑んだ。

「じゃあ、今日の試合で菊原先輩をノックアウトしてリングに沈めたら、私は男子の日本ランカー並みの実力だってことになるんだね。トップクラスの男子を階級が下の女子がノックアウトするなんてきっと歴史に殘るし、女子ボクシング史上の快挙を達成できて私も嬉しいよ。」

「言ってろ、このバカ。」

舌打ちしながらそう呟いた瞬間、ゴングが鳴って、いよいよ試合が始まった。いつも試合で愛用している青いグローブを握り締める。いつも悠鬥に勝利を運んでくれる最高の相棒の感觸に胸が高ぶらせながら、リングの中央で千佳と向き合った。

ひとまず様子を見ようと、適度に距離を取ってジャブを打ち合う。千佳のフットワークやボディーワークはなかなかで、グローブを使ったガードも一応さまになっている。パンチは意外と早く、腰の入ったパンチがちゃんと打てている。もちろん、所詮女の子で、男子プロボクサーに脅威を與えるようなパワフルさは微塵もなかったが。

そもそも、千佳はまだまだテクニックが未熟で、パンチを放つ時も隙があり、男子とか女子とか、そういう以前の問題だった。これでは女子ボクシング部員にすら判定負けするのも仕方ない。

こんなものかな、と思って、隙の多いジャブの合間を縫って、普段の半分以下の力でボディーブローを叩き込む。

「うぅっ…!」

悠鬥にすれば、普段の試合ではあり得ないような手加減をした、それも腹筋の真ん中を狙った甘々のパンチだったが、何階級も上のトップクラスの男子プロが放つ一撃に、千佳はあっさりとダウンしてしまう。それを見て、強

すぎたかな?と少し不安になる。もし怪我でもしたら大事になりかねない。

「お、おい、大丈夫か?」

もはや試合の勝敗は著いたつもりになって、千佳の具合の方を気にする悠鬥に対して、千佳はゆっくりと起き上がってファイティングポーズを取る。

「んっ、大丈夫ですよ。まだテンカウントは鳴ってないですよね?」

ほとんど存在を忘れかけていたレフェリーの方に顔を向けると、エイトカウントです、と言った。

「まだやるのかよ?もう十分だろ、諦めろよ。」

「何言ってるんですか、まだまだ戦えますよ。言ったでしょ、菊原先輩をノックアウトするって。女子に負けるのが怖いからって、勝手に話を進めないで下さい。」

あまりにも失禮で無謀な発言に憮然としつつ、仕方なくファイティングポーズを取る。だが、すぐにゴングが鳴って第一ラウンドは終わった。

インターバルでコーナーサイドに戻ってから、どうしようかと考え込む。もちろん楽勝は疑いないが、下手に痛めつけると後で何を言われるか分からないし、いくら生意気とはいえ、女の子をあまり痛めつけるのも可哀想に思えた。本音を言えばギブアップして欲しいのだが、これだけの実力差にも関わらず勝つ気でいるし、困ったものだった。

少し考えてから、こいつにパンチを何発か空振りさせ、疲れさせたところでさっきよりずっと軽い一撃をお見舞いしようと決める。もう一回ダウンすれば、さすがにもう立ち上がれないだろう。そこまで決めたところでゴングが鳴り、第2ラウンドが始まった。

さっき決めた通り、千佳の隙だらけで大振りで威力もない貓パンチを餘裕で躱していく。空振りの連続で、早くも千佳の息が上がり始める。俺に勝つつもりならもう少し頑張れよと思いつつ、さっさとこの馬鹿げた試合を終わらせてジムに戻ってトレーニングをしようと考えて、さっきよりも更にずっと威力を落としたパンチを千佳の腹にお見舞いする。

「うっ、んんっ…!!」

だが、幾ら女子相手とはいえ、さすがに威力を落とし過ぎたようで、一度はダウンしかけた千佳は苦悶の表情を浮かべつつも何とか踏ん張り、ファイティングポーズを取り続ける。だが、既に足は止まっているように見えたし、そもそも始めから勝負にならないような実力がある戦いなのだ。この狀態の千佳の顔面にパンチを叩き込んでノックアウトするのは造作もないことだったが、どうしても踏ん切りがつかない。

悠鬥は、スポーツとしてのボクシングを愛していたし、リングの上ではどんな格上の相手も打ち倒してやるという闘志に満ちていた。だが、リングの外では禮儀正しく穏やかで真面目な、ごく普通の好青年だったし、普通の男子と比べても體格に恵まれ、しかもボクサーとして高い実力を持っていることを自覚していたから、普段は誰に対しても出來るだけ丁寧に接していた。男として強さへの憧れはあったが、誰かを毆ったり痛めつけることが趣味というわけでも

ない。そんな悠鬥にとって、いくらグローブを付けてリングに上がっているとはいえ、技術も體格も全く比べ物にならない女の子と戦うこと自體、気が引けることだった。そんな、本當なら絶対に引き受けなかった試合に半ば無理やり引きずり出されてしまったが、いくらリングに上がってもそう簡単に覚悟が出來るものでもなかった。

顔を打たずとも、このままボディーブローをもう一発お見舞いしても、ダウンを奪えるだろう。だが、プロボクサーとして鍛え抜いてきた悠鬥にとっても、ボディーブローでダウンするのは地獄のような苦痛だった。いくら生意気な口ばかりきいているとはいえ、年下の女の子にもう一度そんな體験をさせるなんて、と考えてしまう。なまじ試合の流れが続いていれば考えずに打てただろうが、一度流れが途切れてしまったために、色々なことを考えてしまう。既に悠鬥は、心理的には完全に戦闘モードでなくなっていた。

そもそも、こんな狀態であれば、TKOになってもおかしくない。もう終わったも同然なのに、レフェリーは何をやっているんだ、と思って千佳から視線を逸らしてしまう。その瞬間、視界の端で何かが蠢いた。突然のことに、一瞬対応が遅れてしまう。そして、次の瞬間、下から突き上げるような衝撃が悠鬥の脳を揺さぶった。

「ぐあっっっ!!」

悠鬥自身には何が起こったのか分からなかったのが、千佳の放った腰の入った完璧なアッパーカットが吸い込まれるように見事に決まったのだ。本來であれば、掠りもしないはずの千佳のパンチ。だが、試合はもう終わりだと判斷して警戒を解き、一瞬とは言え千佳から視線を逸らしていたことに加え、普通のボクシングの試合ではあり得ないような身長差が、この時に限っては悠鬥に不利に働いた。

アッパーカットはただでさえ見えにくいパンチだが、それを通常では考えられない體格差のある選手から放たれたため、完全に死角から放たれる格好になってしまったのだ。しかも千佳は、腰を屈めて伸び上がるように打つ、いわゆるカエルパンチにより、見えにくさと威力を増幅させていた。そのため、全く迴避も防禦も出來ないままに顎の先端を完璧な角度で直撃されてしまい、てこの原理で悠鬥の脳裡を揺さぶった。いくら體格の劣る女子の華奢な體から放たれたものとは言え、それなりに鍛えたパンチでこれほど完璧に脳を揺さぶられては、一瞬意識が飛びかけてしまう。それに対して、千佳はその絶好の機會を逃さず、間髪入れずにパンチを繰り出していく。

「あれぇー、菊原先輩、足止まってるよ?」

意地悪く言いながら、右フック!

「ぶえぇっっ!!」

「ほらほら、本當にダウンしちゃいますよ。」

楽しそうに笑いながら、左フック!

「ぶえぇぇぇ…っっっ!!」

「これで、どうだっ!」

アッパーカットからの左右のフックで意識が完全に飛び、くずおれかけた悠鬥の顔面のど真ん中に、腰の入った完璧な右ストレー

ト!

「があぁぁぁっっっ!!」

膝から崩れかけたところで食らった右ストレートの衝撃で、悠鬥は背中からリングに倒れこむ。大の字になって伸びながら、それでも何とか意識を取り戻して立ち上がってファイティングポーズを取る。千佳と向かい合いながらも、まだ事態が把握できていなかった。トップクラスの実力を持つプロの男子ボクサーの自分が、ボクササイズ目的で數ヶ月前にボクシングを始めたばかりの、遙かに體格の劣る女子にダウンを奪われたという現実が上手く呑み込めなかったのだ。

混亂の極にある悠鬥に対して、観客席は興奮を極めていた。何しろ、二人の體格は遠目にもはっきり分かるほど違う。180cm近い長身で、鍛え抜かれた逆三角形の肉體を持つ、肩幅の広いがっしりとした悠鬥に対して、明らかに小柄で華奢で可憐な彼らのアイドルが、劣勢を物ともせず完璧なパンチをお見舞いし、プロボクサーとして勝ち抜くために鍛錬を続けた屈強な男子をリングに沈めたのだ。漫畫やアニメやゲームの中でしかあり得ないはずのことが目の前で起こって、彼らの興奮はピークに達していた。そんな観客の聲援に応えるように、千佳は一気に踏み込んでくる。それに対して、悠鬥は事態を把握する暇もなく、混亂したままだった。

いくらダウンを奪われたとは言え、相手は格下の女の子であり、普段から大柄でテクニックもある男子プロボクサーの重く鋭いパンチを受け、それに十分耐えられるだけの鍛錬を積んでいる悠鬥にとっては、ダメージはそこまで大きく無かった。確かにまだ少しフラついてはいるが、千佳との実力差を考えれば、躱すことも避けることも餘裕で出來るだけのスタミナが殘っていた。しかし、混亂の極みにある悠鬥は、思わず隙だらけのジャブを放ってしまう。ガラ空きの顔面を、今の千佳が見逃すはずも無かった。

「がっっ!!」

左ストレートを決められ、足が止まる。そこに更に、千佳は體を捻って絶妙な角度から、顔の真橫から叩きつけるような右フックを放つ。

「ぐえぇっっ!!」

ダウン直後の強烈な二連発に、さしもの悠鬥も再び意識が飛びかける。だが、ここでようやく事態の一部が飲み込めてきて、素人の女子相手に二度もダウンを奪われたくないというプロボクサーとしてのプライドで何とか踏みとどまった。

だが結果的には、これは最悪の判斷になってしまった。いっそダウンして10カウントが鳴るまで回復に専念すれば良かったものを、なまじフラフラの狀態で踏みとどまったため、ロクに反撃も防禦も出來ない狀態でリングの上に立ち続けることになってしまう。それでもなんとか直撃を避けようと防禦に徹するが、千佳が未熟なテクニックで放つか弱いパンチ…さっきまでの悠鬥にはかすりもしなかった素人女子のパンチ…も、今のノックアウト寸前の悠鬥には十分有効だった。軽いパンチを何発か受け、あっという間にコーナーサイドに追い詰められてしまう。

「ほらほら、菊原先輩、このままじゃ本當にノックアウトしちゃいますよ?新人王で日本ランカーのプロボクサーなんじゃなかったでしたっけ。ボクシングを始めて半年も経ってない年下の華奢なアイドルにボコボコにされて、男として恥ずかしくないんですかぁ?」

ついさっきまでまともに勝負にならないほど弱小だった女子に、こんな想像もしなかった展開の中でそんなことを言われ、悠鬥のプロボクサーとしてのプライドを徹底的に踏みにじられて思わずカッとなるが、それでも何とかこのラウンドを凌ごうと、ガードを上げて守りを固める。相手は格下の女子、ボディーブローなら幾ら食らってもノーダメージだろうと考えての判斷だったが、千佳はニヤリと笑うと一気にラッシュをかけてきた。

「來ないなら、私から行きますよっ!!」

言うが早いか、千佳は反撃できない狀態の悠鬥にパンチの嵐を浴びせる。試合開始以來はじめてのボディーへの直撃は、予想を遙かに上回るダメージを悠鬥に與える。

「ぐぁっ、あぁっっっ!!がっ、あああっっ、ぐえぇっっ…」

千佳は巧みなテクニックでボクサーの體のウィークポイントである鳩尾とレバーに打撃を集中させたのだ。普段の悠鬥は、例え近距離の打ち合いに持ち込まれても、巧みなガードや素早いボディーワークにより、鍛え抜いた硬い腹筋にパンチを當てさせ、この二點への直撃を極力避けてきた。それが、足元がフラつき反撃も防禦もままならず、コーナーサイドに追い込まれて逃げ場が無い狀況で、鳩尾とレバーに狙い澄ましたパンチを集中されては、幾ら女の子の非力なパンチとは言え強烈なダメージを食らってしまう。

「ほらほらっ、そんなにサンドバッグになりたいんですかっ。それならもっと楽しませてもらいますよっ!!」

千佳はその可憐な顔に満面の笑みを浮かべながら、目の前の男子ボクサーの鍛え抜かれた一分の無駄も無い鋼の肉體に向かって軽やかに拳を振るい、その肉體とプライドを打ち砕いていく。

「うぐっっっ、あがあっっ、うえぇぇっ、んあっっっ、ふぐっっっ…」

ボクサーのボディーの弱點を狙い澄ましたラッシュに、悠鬥はひたすら喘ぎながら耐え続けることしか出來ない。だが、なんとかこのラウンドを凌げそうだ…と思った瞬間、千佳は戦法を変えてきた。

「うげえぇぇぇっっっ!!!」

それまで、比較的軽いパンチのラッシュだったものが、一転、全身の力と體重を拳の先に載せた、渾身のボディーストレートを鳩尾に直撃させたのだ。痛みに喘ぎつつも、この程度なら何とか耐えきれるだろうと考えていた矢先の予想外の強烈な一撃に、悠鬥は斷末魔の獣のような咆哮を放つ。だが、千佳はさらに、右ストレートの直撃でついた全身の勢いを利用し、體を巧みに拗らせて渾身のボディーアッパーを悠鬥のレバーに叩き込む!

「ぐうぅぅっっっ!!!!!」

これまでにない強烈なパンチが、これまでの打撃の連続で弱り敏感

になったポイントに叩き込まれ、悠鬥に顔面への直撃にも劣らないダメージを與える。そのあまりの痛みに、體をくの字に折り曲げ、ほとんど無意識にガードを下げてしまった。そのことの危険性に気付いて、慌ててガードを上げようとした瞬間を、千佳は見逃さなかった。

「フフ、お見通しだよ、お馬鹿さんっ!!」

千佳は言うが早いか、渾身の右ストレート!

「がああぁぁっっ!!」

更に、手足が完全に止まった悠鬥に対して、右フック、左フック!!

「ぶえっ、ぶええぇぇっっ…」

顔面への三連発で完全に意識を失い、足元から崩れかける悠鬥の懐に飛び込んで、止めとばかりに右アッパー、さらに左アッパー!!

「あがっっっ、ぐええっっ!!」

顔の真下からの突き上げるような二連打に、崩れかけた悠鬥の體は一瞬ピンと伸び上がるが、すぐに再び足元から倒れ込んでしまう。今度は正面からリングに倒れ込んだ悠鬥に対して、千佳はガッツポーズを決めて叫ぶ。

「イエーイ、ダウン二回目っ!!菊原先輩、ほんとにプロボクサーなんですか、弱すぎですよ。まだうちの同好會の女子の方が強いよ?」

勝ち誇る千佳の橫で、レフェリーがカウントを始める。悠鬥は何とか意識を取り戻していたが、手足は鉛のように重くなっていた。だがそれでも、プロボクサーとしての、最強の男への道を歩む者としてのプライドが、悠鬥に最後の力を振り絞らせ、肩で息をしながらもファイティングポーズを取らせる。

「あれっ、まだやるんですか。もう十分ですよ、諦めましょうよ。」

ついさっき自分が言ったセリフをお返しされ、屈辱で胸が一杯になるが、何とか言い返す。

「…だ、誰がてめーのパンチなんかにやられるかよ。そんな柔な鍛え方してねえんだよ、プロボクサーなめんなっ。」

「そのセリフ、そっくりお返ししますよっ!!」

言うと同時に、千佳が踏み込む。ヤバい、と思った瞬間、ゴングが鳴った。千佳が不満げな顔で言う。

「えー、ここで終わり?あとちょっとで勝てたのにー。ゴングに救われましね、先輩。」

「…っ、言ってろっ。」

こんな女子相手にそんなことを言われる屈辱に震えながらも、事実なので言い返せずにコーナーサイドに戻る。だが悠鬥はその時やっと、會場の異様な雰囲気に気付いた。

コーナーに戻ってようやく少し落ち著いてみると、會場の熱狂は異様なレベルに達していた。チカ、チカというコールが続き、時折、ぶちかませとかやっちゃえーという叫び聲が混じる。元々、ここに來ている観客は千佳の熱狂的なファン揃いだ。そんな彼らのアイドルが、リングの上で自身より遙かに大柄でがっしりとしたプロボクサーを二回もダウンさせる。そんな、漫畫やアニメでは見慣れていても現実にはあり得ないはずの光景がまさに目の前で展開されているのだから、熱狂しないはずがない。

あり得ないはずの光景。自分の心に浮かんだ言葉が、悠鬥のプライドを痛く傷付ける。そ

う、あり得ないはずだった。中學以來のボクシング暦は十年で、日本ランキングにも入ったトップクラスのプロボクサーとして、世界クラスの選手とも互角に打ち合えるだけの実力を身に付けつつある自分が、ボクササイズ目的のボクシングを半年ほどやっただけの、ずっと體格が劣る年下の女子にノックアウト寸前まで追い込まれるなんて。それも、こんな大観眾の目の前でだ。事実を挙げれば挙げるほど、負けるはずのない相手に負けつつある、それも大勢の観客の前でという事実に屈辱感で胸が一杯になる。観客の熱狂が、悠鬥の恥辱を更に増していく。

「クソっ、油斷した…」

思わず悪態を吐く。なまじ情けをかけたことが裡目に出てしまい、悔しさで胸が熱くなるが、仮にも試閤中に気を抜いてしまった落ち度は否めないので、自分を責めることしか出來ない。あれさえ無ければ、今頃千佳はリングに沈んでいたはずなのに…。

そんな無意味なことを考えてから、深呼吸して何とか気持ちを切り替える。ともかく、ここからどう立て直して勝利するか、だ。男子のプロボクサーとして、こんなところでは絶対に負けられない。要は勝てばいいのだ。勝ちさえすれば、油斷して一瞬ヤバかったと笑い話に出來る。

まだ試合は2ラウンドある。次のラウンドは回復に専念して、最終ラウンドで一気にケリを付けよう。そう決めたところでインターバルの終了が近づき、悠鬥はリングの中央に戻ってファイティングポーズを取った。

屈辱感の極にある悠鬥に対して、千佳はこれまでの人生で味わったことが無いような、痺れるほどの興奮と快感に全身を包まれていた。

千佳は元々、この試合に勝つつもりなど毛頭無かった。千佳は同好會での練習の傍らボクシングジムにも通っており、男子のプロボクサーがどれほど圧倒的な強さを持っているか、間近で見てよく分かっていた。口では大きなことを言っていても、內心ではちゃんと自分の実力を冷靜に評価していた。

にも関わらず悠鬥に試合を申し込んだのは、アイドルとしての飛躍に向けて、偶然のチャンスを活かそうと思ったからだった。千佳はかねてから、アイドル兼歌手としての活動を楽しみながらも、限界も感じていた。ルックスが良くて歌がそこそこ上手いアイドルなんて、正直いくらでもいる。偶然ドラマの準主役級に抜擢されたことなどをきっかけに、千佳は同世代のアイドルより一歩先にブレイクしたものの、いつまでもその人気が続くとは思えない。人気を保つためには、千佳にしかない強みや特徴が必要だと考えていた。

そこで目をつけたのがボクシングだった。千佳は昔から運動神経抜群で、中學高校と體育會系の部活に所屬していたためスタミナもあり、何より似合っていた。出るところは出て、締まるところは締まったモデル體型に、印象的な真っ赤なグローブ。それが、可憐でありながらどこか妖艶な雰囲気もある千佳の顔立ちとよくマッチし、その姿はファン

からも好評だった。

だが千佳は、ボクシングを単なるコスプレで終わらせるつもりは無かった。別に女子プロボクサーになるつもりは無かったが、それなりに技術や経験を積み、いずれ何らかの形でアイドルの仕事に活かすつもりだった。

ちょうどそんなことを考えていたタイミングで、彼女が司會を務めていた學園祭のエキシビジョンマッチで対戦者の片方が欠場することになったという話を聞き、千佳はこの話に飛びついた。もちろん、まさか男子のプロボクサーに勝てると思っていたわけではない。だが、男子ボクサー、それも日本でもトップクラスの選手との試合は、良い経験になるのではないか。例えば、バラエティー番組に出演した時の話のタネにもなるだろう、その程度の軽い気持ちだった。

いざ試合が始まると、悠鬥の実力は千佳の想像を遙かに上回るものだった。千佳が間近で見て知っていたジムの男子ボクサー達も決して弱くはないはずだが、彼らと比べても圧倒的だった。パンチの軌跡は全く捉えられないし、防いだり躱したりすることなど到底不可能だ。そして、千佳のパンチでは悠鬥には掠りもしなかった。ジムの誰かが悠鬥のことを未來の世界チャンピオンと呼んでいたが、それは多分本當になるのだろう。どれだけ鍛え、技を磨き、経験を積めばこれほどの強さを身につけられるのか、千佳には想像もつかない。リングの上で圧倒されながらも、完成された芸術品を眺めるような気持ちで悠鬥の動きを追っていた。この時は、いずれ悠鬥が世界タイトルマッチに挑む時は、その時は応援がてら観戦に行ってやろうと考えたほどだ。

やがて、悠鬥の放ったボディーブローが千佳の腹筋を直撃した。たぶん物悽く手加減しているのだろうが、それでも耐え切れずにダウンしてしまった。そのままノックアウトされても別に良かったのだが、トップクラスの男子プロボクサーとリングで向き合う機會はもう二度とないだろうと思うともう少しこの時間を堪能したい気がして、何とか立ち上がったのだ。

その後、このラウンドでまたもボディーブローを食らい、今度こそノックアウトするだろうなと思った。だが、悠鬥は手加減し過ぎたようで、そのパンチは千佳にも辛うじて耐えられるレベルだった。もうあとほんの少し力を入れていれば、その時點で試合は終わっていただろうが…。

ともあれ、せっかくだったので、息を整えてもう少し試合を続けることにした。すると、悠鬥は一向に打ち込んで來ず、困ったような顔で視線を彷徨わせていた。その原因は千佳にはよく分からなかったが、いずれにせよ、足が完全に止まり、千佳の動きへの反応も乏しくなっていたこの時の悠鬥を見て、千佳はふと今ならパンチを當てられるのではないかと感じた。

そこで、悠鬥の様子を伺いつつ、少しずつ距離を詰め、行けそうだと判斷してから、どんなパンチを振る舞おうかと考えて、折角なので威力重視で右のアッパーカットを放つ

ことにした。まさか當たるとは思っていなかったが、萬一當たったら面白いな、と思いながら近付き、カエルパンチの存在や概念については全く知らなかったものの、身長差を逆手に取って視界の外からアッパーを突き上げれば、あるいは擦りくらいはするのではないかと考えた。そして、悠鬥が視線を完全に逸らした瞬間に懐に飛び込み、視界の下からアッパーを突き上げ…

確かな感觸に驚き、視線を対戦相手に向けた瞬間、千佳は驚いた。さっきまであれほど隙がなく、俊敏で屈強で練達した、どんな相手にも打ち勝てそうな精悍で強靭な雰囲気を漂わせていた目の前の青年が、意識を朦朧とさせ、フラつく足元を必死で支えようと懸命になっていたのだ。

それを見て、千佳はある殘酷な事実に気付いてしまう。それは、どんなに鍛え抜いたボクサーといえども、頭部への打撃に対しては普通の男子とも、いや女子とも同じように意識を失ってしまうということ。鍛錬に鍛錬を重ねた鋼のような肉體も、磨き抜かれた技も、不屈の精神も、長年の経験も、プロボクサーとしての誇りも、脳を揺らされた時に意識を失ってしまうという事実から守ってはくれない。

もちろん、ボクサーは日々のトレーニングで防禦や迴避の技を磨き、また打たれる前に打つために日々修練を積んでいる。だが、やりかたはどうあれ頭部を揺らすことさえ出來れば、華奢で未熟な女子が鍛え抜かれた熟練の男子をリングに沈めることさえ不可能なわけではないのだ。

そのことに気付いた瞬間、千佳はアッパーの衝撃から立ち直れずにいる悠鬥の頭部を、完璧なフックとストレートで打ち砕いていた。立て続けに脳を揺らされ、意識を失ってリングに沈んだ悠鬥を見た時に浮かんだ湧き上がるような快感と達成感は、たぶん一生忘れることが無いだろう。自分の何十倍もの時間をかけて鍛錬を重ねてきた、ボクサーとして強くなるためだけに生きてきた屈強な男子を、ボクシング暦も體格も年齢も全てが下回る女の自分が打ち砕くということ。それは、目の前のこの誇り高くストイックで才能豊かな青年が己の全てをかけて手に入れた強さを、圧倒的に格下のはずの女に否定されるということを意味する。彼が感じる屈辱、絶望、後悔はどれほどだろうか。それを考えるだけで、千佳の中で眠っていた嗜虐的な心が歓喜に打ち震えた。

そして、その後さらに、どんな相手にも打ち勝つ強さと自信を持っていた男子ボクサーを、ロープ際まで追い込み、滅多打ちして地獄の責め苦を味わわせた。鍛え抜かれた強靭な肉體を自分の放つ真っ赤なグローブが抉るたび、自分より遙かに強いはずの男が抵抗も出來ずに苦痛に顔を歪ませ、千佳を喜ばせるように悲鳴を上げ続ける。ほんの一分ほど前まで凜々しく精悍だった悠鬥の端正な顔が自分のパンチを受けて苦痛に歪むたび、一度も経験のないような快感の連続に千佳の精神はますます昂った。

気付けば悠鬥から二度目のダウンを

奪っていて、今や形勢は完全に逆転していた。悠鬥はインターバルを挾んで、プロボクサーとしての誇りにかけて千佳を倒しに來るだろう。その反撃を、完膚なきまでに叩き潰す、千佳はそう決心していた。10年もの歳月をかけて肉體と技を磨き抜いた、本來なら自分には絶対に一撃さえ與えられない相手をリングに沈める、そんな千載一遇のチャンスを絶対にものにする。そのために自分に何ができるか、頭をフル回転させて生み出した作戦とともに、千佳もまたリングの中央に向かった。

ゴングが鳴って試合が再開する。

まだダメージはかなり殘っており、手足は重いが、悠鬥は何とか千佳の攻撃を捌いていく。それが自信を回復させ、精神的に落ち著いたことで動きが良くなり、千佳の攻撃を苦もなく防げるようになっていく。今の悠鬥の力は、平常時の二割にも満たないだろう。それでも、千佳の攻撃を防ぐには十分だった。悠鬥は中學以來の十年近い年月のほぼ全て、青春のほとんどをボクシングに捧げ、鍛錬に鍛錬を重ね、時に挫けそうになりながらも誰よりもハードなトレーニングを続けたことで、世界クラスのプロボクサーとも互角に渡り合える実力を持っていた。ボクササイズを半年やっただけの、それも體格の遙かに劣る女子の千佳とは、文字通り桁違いの実力を持っているのだ。その実力の二割、いや一割でも発揮出來れば、千佳の攻撃を防ぐことなど造作も無かった。

第三ラウンドが始まって30秒ほど経ち、悠鬥のスタミナは急速に回復していた。悠鬥はプロ相手に8回戦や10回戦を戦えるだけのスタミナが有ったし、幾ら二回もダウンしたとは言え相手は女子の非力なパンチなのだ。落ち著いてみればボディーへの打撃はそれほどでもなく、悠鬥の動きはどんどん良くなっていく。それは悠鬥自身にも分かって、このラウンドを凌いでインターバルで更に回復すれば、普段の半分くらいの実力は出せそうだった。それだけやれれば、千佳相手なら楽勝だった。今や苦もなく千佳のパンチを避けられるようになりつつあったこともあり、勝利が見えてきたという安堵感と自信が湧いてくる。千佳の言葉が聞こえたのは、ちょうどその瞬間だった。

「ほらほら、どうしたんですか菊原先輩、さっきから避けてばっかりじゃないですか。男子のプロボクサーのくせに、ボクササイズを始めて半年の美少女アイドルにまともに反撃も出來ないんですか?」

その挑発に思わずカッとなるが、すぐに深呼吸して心を落ち著ける。こんな見え透いた挑発に乗るな、今や試合の流れは完全に自分の方に來ているのだ、こんな言葉は無視すればいい。そんな悠鬥の決意は、しかし予想外の方向から揺さぶられてしまう。

「そうだー、男のくせに情けないぞー!」

「逃げてばかりいないでちょっとは戦いなさいよ、この卑怯者ー!」

「ボクシング始めたばかりの女子のチカに手も足も出ないなんて、あんたほんとにプロボクサーなのー?

」

それは、千佳の言葉に呼応するように観客席から発せられた叫びの數々だった。悠鬥が千佳のパンチを避けるたび、ブーイングは高まっていく。一萬を超える観客が一斉に放つ、熱狂的なブーイングの嵐。それはプロボクサーとは言え悠鬥にとって初體験のもので、不慣れな狀況に戸惑い、気圧されるように軽いジャブを放つ。

「きゃっ!?」

そのジャブは、隙の多い構えでパンチを連打していた千佳の顔面を掠った。ダメージを與えられた感覚は無かったものの、この試合が始まって初めての顔面への攻撃に千佳は怯えたように後退る。それを見て、悠鬥は誘い込まれるように踏み込んだ。

ラウンド開始よりずっと動くようになった両腕で、何萬回、何十萬回、いや何百萬回と練習に練習を重ねて磨き上げたジャブを放つ。男子のプロボクサー相手には牽製程度にしかならないパンチも、千佳相手なら必殺技に近いようだ。圧倒的な実力差のある相手から放たれるジャブを前に、千佳は何とか直撃を防ぎつつも、じりじりとコーナーサイドに追い込まれていく。

「はっ、形成逆転だな。さっきまでの減らず口はどうしたよ。俺が打ち始めたら、手足も出ないのはそっちだったな。」

悠鬥の言葉に、千佳は悔しそうに顔を歪めながらも、答える餘裕すら無さそうだった。いよいよコーナーサイドに追い込まれ、逃げ場が無くなった。

「これで終わりだな。痛いのが嫌なら、ギブアップしてもいいんだぜ?」

悠鬥の降伏勧告に、しかし千佳は悔しそうに叫ぶ。

「負けないですよ!私、絶対に菊原先輩をノックアウトしますから!」

この狀況でまだ言うか、と悠鬥は心底呆れる。勝手に言ってろ、と呟いてから、勝負を決めにかかる。

まずはジャブを數発放つが、後がない千佳は巧みなブロッキングで悠鬥のパンチを防いでみせる。ボクササイズ目的にしては、ちゃんと一通りのテクニックを身に付けてるんだなと感心しつつ、これならどうだと腹のど真ん中を打ち抜く。

「うぅっ…‼︎」

普段の半分以下の威力の、それも腹のど真ん中へのパンチ。それでも二人の圧倒的な実力差を踏まえれば、千佳にとっては強烈な打撃となったようで、苦悶の表情を浮かべる。行ける、と感じて、更に打ち続ける。

「あっ、ああっ…‼︎」

さらに二発のボディーブローを食らわすと、千佳はもう耐えきれないと言わんばかりにガードを下げた。千佳の腹筋は女子にしてはなかなかよく筋肉が付いていた上、腹にも力を込めていたようでしっかりとした手応えがあったので、軽いパンチ數発でガードを下げたのは少し奇妙だったが、そのことをじっくり考える間もなく、別のことで頭が一杯になる。

それは、前回の試合の記憶だった。悠鬥は前回の試合で、日本ランキング上位のベテラン選手と戦い、一度はダウンを奪われてノックアウト寸前まで追い込まれながら、冷靜に戦って徐々に形勢を逆転し、最後はノックアウトしたのだ。その時、最終

ラウンドでコーナーサイドに追い詰めた相手選手に対して、ボディーブローを何発もお見舞いしたところ、長時間の試合で弱り切っていた相手選手は思わずガードを下げてしまい、ガラ空きの顔面に真正面から當てた右ストレートが決定打になったのだ。その時の狀況と、今は怖いほどよく似ていた。

前回の試合の記憶に引きずられるように、左のフェイントの後、渾身の力を込めて右ストレートを放つ。目の前には、ガラ空きの千佳の顔面が見える。これで、終わりだ…

「があああぁぁぁっっっ‼︎」

次の瞬間、悠鬥は弾かれるような衝撃と共に、地面に崩れ落ちていた。まるでボクシング教材の動畫のような完璧なクロスカウンターが決まったのだ。渾身の力を込めた右ストレート、しかもなまじ體力が回復しつつある狀態での勢いの付いた一撃に完璧にタイミングを合わせたカウンターを食らってしまい、悠鬥の圧倒的な実力差も虛しく一発でダウンしてしまう。レフェリーのカウントが鳴り響く中、リングに沈んだ悠鬥に対して、さっきまでの苦しげな様子が噓のような軽快な聲で千佳が言った。

「先輩って、本當に単純でお馬鹿さんですね。あんな見え透いた挑発やブーイングに惑わされて、私の演技に誘われて右ストレートなんか打っちゃって。幾ら私だって、二回もダウンした後の先輩にあんなに簡単に追い込まれたりしませんよ。」

千佳の言葉に、ただでさえ混亂狀態の悠鬥の頭はほとんどパニック狀態となる。え、演技?誘い込まれて打たされて、またダウンを奪われた?

思考が纏まらないうちにカウントは進み、9カウントで何とか立ち上がる。だが、二度ダウンを奪われた次のラウンドでの三度目のダウンにより、さしもの悠鬥も手足がほとんど動かない。そんな悠鬥にゆっくりとにじり寄り、千佳は餘裕たっぷりに言い放つ。

「また形成逆転ですね、先輩。先輩がもう一度このセリフを言えたら悽いですけど、まあ無理でしょう、ねっ!」

叫ぶと同時に、悠鬥の鳩尾に體重の乗ったボディーストレート!

「ぐあぁっっ!」

さらに、勢いが付いたまま、左のボディーフックでレバーブロー!

「があぁぁっっ!!」

さらに、懐に踏み込んでアッパーカット!

「ぐうぅぅっっ!」

最後のアッパーカットは連打により腰が入っておらず、ごく軽いものだったが、ノックアウト寸前の悠鬥には十分過ぎるダメージを與えてしまう。膝から崩れ落ちそうになった瞬間、ほとんど無意識のうちに最後の力を振り絞って千佳の両肩に抱きついた。そんな悠鬥に対して、千佳は心底楽しそうな聲で言う。

「あれれ、とうとうクリンチですか。ボクササイズを半年やっただけの年下の女子にボコられてクリンチするって、男として、プロボクサーとして、今どんな気持ちですか?」

「う、うぅっっ…」

屈辱と恥ずかしさのあまり、涙を浮かべながら悠鬥は呻くが、千佳のショウはこれからが本番だった。千佳がリング外に向か

って、何か手を振る。次の瞬間、それまでリング全體を寫していた會場のスクリーンが、二人の顔のアップを寫した。

「ほら、見てくださいよ先輩。先輩の情けない顔、大學中が見てますよ。ほらほら、今どんな気持ちですか?」

「あ、あぁっっ…」

あまりにも殘酷な仕打ちに絶句している悠鬥に対して、千佳は追い討ちを掛けるように言った。

「ちゃんと答えてくれない意地悪な先輩には、こうやってお仕置き、ですよっ‼︎」

言うが早いか、ぐったりとしがみ付く悠鬥の右脇腹にレバーブローの連打を浴びせ始める。

「うっ、うええっ、あっ、あぁっ、あっ、うぐっ、ぐあっ…」

腰の入らない、一つ一つは軽いパンチ。しかし、度重なる連打で弱り切っていた場所への更なる連打により、同格の男子ボクサーに打たれた時のようなダメージを受けてしまう。千佳の連打を受けて喘ぐ悠鬥の顔と聲が、スクリーンとスピーカーを通じて會場中に広がっていく。

元々悠鬥は、十年に渡る厳しいトレーニングで鍛え抜いたプロボクサーとしての鋼の肉體に加え、精悍で凜々しく端正なルックスを持ち、女性ファンも多かった。だが今や、格闘家としての屈強さも、精悍で凜々しい雰囲気もすっかり消え失せて、スクリーンに寫るのは、小柄で可憐なアイドルに抱きつきながら、滅多打ちにされて喘ぐことしか出來ない情けない姿だけだった。

「あっ、あぁっ、うぇっ、ぐぅっ、ぐえぇっっ…」

情けなく呻きながらも、いまダウンしたら今度こそ立ち上がれないのは分かっていたので、千佳に必死にしがみ付くことしか出來ない。プロボクサーとして、男として、これ以上考えられない屈辱的な狀況に震えながらも、ノックアウトされたくない、その一心だけで悠鬥はクリンチを続けた。

永遠に思える數十秒の後、レフェリーがブレイクを命じ、悠鬥は鉛のように重い手足を引きずって何とかリングの中央でファイティングポーズを取る。クリンチの間に少しだけダウンのダメージは抜けていたが、とてもまともに戦える狀態ではない。だが、ともかくこのラウンドを凌いでインターバルで回復出來れば、さっきのような逆転劇をもう一度出來るはずだ。その可能性に微かな希望を繋いで、ボクサーとして勝ち抜くために青春の全てを捧げて鍛え抜いた肉體に殘った全ての力を動員して千佳の攻撃に備える。千佳の赤いグローブが閃いた。

「ぐええぇぇっっ!」

全身の全ての筋肉を使った、これまでで最も重い完璧なストレートが悠鬥の鳩尾を直撃する。幾ら女の子の非力なパンチとは言え、三度のダウンでフラフラの狀態では一気にスタミナを削られてしまう。さらに、勢いが付いたまま、悠鬥の右脇腹に完璧な左のボディーフック!

「ぶはあぁぁっっ!」

クリンチの間に徹底的に嬲られ続けた場所にこれまでにない強烈な一撃を喰らい、どんな男子ボクサーのパンチも耐え凌いできた不屈の肉體も崩れそうになる。それでも、気力だけ

で足を踏ん張るが、そんな悠鬥に更なるラッシュが襲いかかる。

「ぶへえぇっっ、があぁっっ、ぐむうぅっ、げええっっ、ごおっ、がっ、ぐううっっ、ごっ、おぉぉっっ、ああぁっっ…」

重いパンチ、重いパンチ、軽いパンチ、重いパンチ、軽いパンチ、軽いパンチ、重いパンチ、軽いパンチ、重いパンチ、重いパンチ。変幻自在なパンチが強弱を付けて悠鬥のボディーをくまなく抉っていく。しかも、リングの中央で打たれる形になってしまったため、ロープにもたれて衝撃を逃すことも出來ず、ひたすらサンドバッグ狀態でタコ毆りされる格好になってしまう。リングの上では、盛り上がった背筋や引き締まった二の腕、見事に6つに割れた腹筋が印象的な見るからに屈強な男子が、ずっと小柄で華奢な可愛らしい女子に一方的に毆られ、その度に情けない喘ぎ聲を上げながら振り子のように前後左右に揺れていく、そんな非現実的な光景が繰り広げられていた。

「がはぁっっ、ぶえぇぇっっ、ごっ、があっ、ぐええぇぇっっ…」

悠鬥にとって永遠にも思えた數十秒間の地獄の責め苦の後、千佳はほとんど崩れ落ちる寸前の狀態の悠鬥に対して、明るく叫んで言い放つ。

「これで、終わりですよっ!!」

その聲と共に、渾身の右のボディーストレート!

「がああぁぁっっっ!!」

この展開なら次は左のボディーフックだろうとこれまでの試合展開からぼんやりと想定し、無意識のうちにガードを下げて身構えた悠鬥に対して、千佳は絶妙な角度で左フックを直撃させる。

「ぶえぇぇっっ…」

ボディーへの連打でスタミナを削られながらも、頭部への直撃が無かったことで少しずつ回復しつつあった悠鬥の意識だが、想定外の一撃で思い切り脳を揺さぶられたことで一気に飛ばされてしまう。だが、支えを失った膝が崩れ落ちそうになった瞬間、悠鬥の意識が戻った。どうやら千佳の左フックは威力そのものは軽かったようだ。だが、2ラウンドの間に3度のダウンを奪われ、さらにボディーを念入りに痛めつけられた後の満身創痍の狀態で、悠鬥は思わず膝を屈しそうになってしまう。その瞬間、悠鬥の脳內にこれまでのボクサーとしての日々が浮かんできた。

悠鬥は元々、圧倒的な才能に恵まれて順調に勝ち進んできたボクサーでは無かった。中學一年からボクシングを始めたものの、なかなか芽が出ず、高校時代は県大會止まりだった。大學入學時にボクシング部に入らなかったのも、自分の才能の限界を感じていたことが理由の一つだった。それでもボクシングは好きで、部活を引退しても暇さえあればロードワークをしてシャドーボクシングをしている自分がいたので、もう少し続けたくて気軽な気持ちで大學近くのジムの門を叩いた。そこでコーチに勧められるままにプロライセンスを取ったものの、最初は負けてばかりだった。3連敗し、ジムからも見放されかけた時、決意したのだ。次の試合までじっくり時間をかけて徹底

的に鍛え直し、絶対に負けない自信が持ててから試合に挑もう、その代わり次に負けたら今度こそきっぱりとボクシングを諦めようと。それから一年間、血を吐くような壯絶なトレーニングを休むことなく続けた。そして一年後、努力の甲斐あって、悠鬥は初めてプロとしての勝利を味わったのだ。あの時の満ち足りた誇らしい感覚は、今でも色あせることなく思い出せる。そうだ、あの時に誓ったのだ。誰にも負けない男になる、プロボクサーとして、リングの上では決して屈しないと。そして、あの日から二年、悠鬥は弛まず鍛錬を続けて自身の肉體と技を磨き上げ、どんな格上の相手との試合でも不屈の闘志で戦い抜いて勝利を重ね、あの時の誓いを守ってきたのだ。そうだ、あの時の誓いをこんなところで、それも素人同士の女子アイドルなんかを相手に破るわけにはいかない。その決意は悠鬥のプロボクサーとしての意地と誇りに火をつけ、崩折れる寸前の肉體に殘った最後の力で両足を支える。そんな悠鬥に止めの一撃を加えようと千佳がステップを踏んだのが見えた瞬間、ラウンド終了を告げるゴングが鳴った。

「またゴングに救われましたね、先輩。でも、あともう1ラウンド先輩を嬲れると思うと、悪くないかな。」

ふふっと軽やかに笑いながらコーナーに向かう千佳に対して、肩で息をするだけで精一杯の悠鬥は言い返すことも出來ない。ふらつく足取りでコーナーに向かい、倒れこむように椅子に腰掛けて、背もたれに體重を預けて荒い呼吸を続ける。ともかく、このインターバルの間に少しでも體力を回復させないと…半ば朦朧とする意識では、それ以上のことは考えられなかった。

だが、インターバルの一分は、あの恐ろしく長く感じたラウンドの三分の一の時間があるとは思えない短さで終わってしまう。インターバルの終わりが近づき、鉛のような手足を引きずるようにしてリングの中央でファイティングポーズを取りながら、悠鬥は愕然とする。第3ラウンドの開始時にはまだそれなりに動いた手足が、全くと言っていいほど動かないのだ。ファイティングポーズを取るために両腕を上げることすら全精力を注ぐ必要があり、とてもまともに戦える狀態ではない。

無理もないことだった。第二ラウンドのラストの千佳のラッシュは時間も比較的短く、手數も少なく、ほとんどのパンチは軽く、しかもロープ際だったためロープに衝撃を逃がせたし、何より今日の試合でボディーへの打撃を受けたのは初めてだったのでダメージが蓄積されていなかった。それが、第3ラウンドのラストのラッシュでは、まる一分近い時間の間に數十発のラッシュを食らい、しかもその多くは體重の乗った重いパンチで、それを衝撃を逃す場所もないリングのど真ん中で、ダメージが蓄積されて綻びの見える肉體の隅々までを打ち抜かれるようにして食らったのだ。これでは、幾ら女子の未熟で非力なパンチで熟練の鍛え抜いた男子ボクサーの

ボディーを打つという構図でも、立ち直れないほどのダメージを與えられてしまう。

それでも悠鬥は、諦めてはいなかった。確かに勝つことは難しいだろう。だが、負けないことはまだ可能だ。この試合は學園祭のエキシビジョンマッチで、審判は素人だ。ともかくノックアウトさえ免れれば、どうとでも言い訳は出來る。このラウンドは最終ラウンドであり、あと3分耐え抜けば、ともかく敗北だけは迴避出來る。そのことに微かな希望を見出して、このラウンドの間、何としても耐え抜くと固く決意する。第3ラウンドのラストの千佳のラッシュを耐え抜き、最後のアッパーカットにも耐えたことが、悠鬥の折れそうなプライドと自信を何とか支えていた。もう一度、何としても耐えてやる、俺にはそれだけの力がある。その思いだけが、今の悠鬥を支えていた。

ゴングが鳴って、いよいよ最終ラウンドが始まる。まともに避けることも防ぐことも出來ない悠鬥は、千佳の軽いジャブに気圧されるようにロープ際に引いていく。だが、ここまでは予定通りだった。どうせ避けも防げも出來ないなら、ロープにもたれて少しでもダメージを減らそうという作戦だった。ロープ際に追い込まれ、悠鬥の足が完全に止まったところで、千佳は本格的に攻撃を始める。

「ぐっ、があっ、げえっ、ぐむっ、げえっ…」

千佳は悠鬥が完全に攻撃能力を失っていることを見て取ったのか、もはやガードやフェイントの素振りすら見せずに、悠鬥のボディーをまるでサンドバッグでも打つように緊張感のない雰囲気で打ち抜いていく。悠鬥は一発一発に喘ぎながらも、微かに安堵していた。千佳のパンチが、予想していたほど重くないのだ。今はもう4ラウンド目、千佳は一度ダウンしたこともあり、スタミナが切れかかっていてもおかしくない。この程度のパンチなら何とか耐え抜けるし、むしろ少しずつではあるがダメージは抜けてきていた。これなら、このラウンドの最後にはもう一度…

「その顔、もう一度逆転劇が出來るなんて甘いこと考えてますね、先輩!」

言うと同時に、千佳は重い右ストレートを悠鬥のグローブに當てた。辛うじて腕を上げていただけの悠鬥の両腕はいとも簡単に弾かれ、無防備ない顔面を曬してしまう。そのど真ん中に、千佳の左ストレートが炸裂した。

「があぁぁぁっっっ!」

突然の衝撃に、悠鬥の體は後ろに弾かれるが、幸いほとんど脳は揺さぶられなかったようで意識ははっきりしている。予想外の展開に戸惑いつつも、懸命に両腕を上げてファイティングポーズを取り、尚も闘志を失わない悠鬥に対して、千佳は殘酷な喜びを湛えた笑い聲で言った。

「なんでまだ試合を続けていられるか、まだ気付いてないんですね、先輩。」

「ど、どういう意味、だ…」

肩で息をしながら何とかそれだけ言った悠鬥に対して、餘裕綽々の表情のまま千佳は答える。

「手加減してあげてたんですよ、先輩が最終ラウンドまで戦

えるように。特に第3ラウンドの最後のアッパー、先輩が倒れない程度の威力にするために、隨分注意してあげてたんですからね?」

「そ、そんなデタラメ、誰が…」

あまりにも殘酷で屈辱的な宣告を聞いて震える聲で反論する悠鬥に対して、千佳は心底おかしそうに笑い聲を上げる。

「アハハッ、先輩、本當に自分の力で耐え抜いたなんて考えてたんですかあ?ちょっと、能天気過ぎますよ。大體、おかしいと思わなかったんですか?あんなボロボロの狀態の先輩の顔をほとんど狙わなかったこと。さっきのラウンドの最後なんて、いつでも先輩をノックアウト出來たんですよ?まさか、本當に気づいてなかったんですか?私のラッシュに耐え抜いたとか思っちゃってた?アハハッ、先輩ホント、お馬鹿さんで最高!」

「あっ、ああっ、あっ…」

最後まで殘っていた微かなプライドと自信と希望、その全てを粉々に打ち砕く千佳の言葉の數々に、悠鬥は絶望に染まった表情を浮かべて聲にならない叫びを上げる。そんな悠鬥の悲痛と恥辱に歪んだ顔を見ながら、千佳は心から楽しそうに続けた。

「先輩、その顔最高。ねえ、ボクシング暦半年の下級生の女子にボコボコにされて、ボクサーとして終わっちゃうのってどんな気分ですか?」

「な、に、言って…」

目の前の現実を否定するように、首を振りながらそれだけ言った悠鬥に対して、千佳は相変わらずの口調で続けた。

「まだ気付いてないんですね。この會場の光景、ネットで何十萬人って相手にストリーミング配信されてるんですよ?終わったあとはアーカイブに保存されて、いつでも見れますし。こんな劇的な試合、みんなすぐに拡散するでしょうね。」

「あ、あ、あ…」

「つまり、菊原先輩はボクササイズを始めたばっかりの女子にボコボコにされてKOされたプロボクサーとして、一夜にして有名人になるわけです。そんなプロボクサー、ジムがいつまで面倒見てくれますかねえ。対戦相手も決まらないだろうし、だいたい先輩自身、恥ずかしくてボクシングを続けられないんじゃないですか。」

「や、やめ…」

あまりにも殘酷な宣告の連続に、悠鬥は哀願するように呟くが、そんなことで千佳が止められるわけもなかった。

「先輩、ボクシング始めて十年でしたっけ?きっと青春の全てをボクシングに注いできたんでしょうね。その努力も夢も未來も、今日で全部お終い。これから最後のラッシュで、先輩を完璧にノックアウトしちゃいますからね。ふふっ、歴史に殘る試合になりますよ。」

「や、やめてくれ、たの…」

悠鬥の言葉が終わらないうちに、千佳は思い切り踏み込んで胃のど真ん中にボディーストレートを放つ。

「うええぇぇぇっっっ!!」

日々の鍛錬で鋼のように鍛えた、どんな拳も跳ね返してきた悠鬥の腹筋。だが、グロッキー狀態で最後の希望まで奪われ、闘志を失って力が入らない狀態では、女の子のパンチすら防げない。

「アハハッ

、女子アイドルのボディーブローを耐えられない男子ボクサーとか、ホントお笑いですね。先輩、ボクシング芸人に転職して女子に毆られる役をやったらどうですか。」

千佳の言葉は既に粉々に砕け散った悠鬥のプライドをさらに粉砕し、粉末のようにして消し去ってしまう。もちろん攻撃の手は緩めない。

「ほらっ、ほらっ。痛いのが嫌なら、ギブアップしてもいいんですよっ!!」

「うえっ、うええぇぇっっ、ぐおぉっっ、あぁぁっっ、おええぇぇっっっ!!!」

千佳はゆっくりと嬲るようにボディーを連打していく。何度も揺さぶられた胃からは胃液がこみ上げ、遂に胃液や涎や血が混じったマウスピースを吐き出してしまう。口はだらーんと開き、そこからはぼたぼたと情けなく涎や胃液が垂れ続けている。

「あっ、はぁっ、はぁっ、うぇっ、うぇぇっっ…」

體をロープにもたせかけ、苦悶の表情で喘ぎながらも尚も膝を屈しようとしない悠鬥に向けて、千佳は一旦手を止めて言った。

「先輩、本當に粘りますね。さっすがプロボクサー。そんな先輩を慰めるために、一ついいお話をしてあげましょう。第3ラウンドの先輩のラッシュ、すっごく良かったですよ。あのまま右ストレートなんて打たなければ、今頃先輩が勝ってましたよ。それか、もう少し回復してて、もうちょっと早い右ストレートが打ててたら、クロスカウンターなんて無理だったでしょうね。つまり、先輩、あの時は勝利の一歩手前だったんですよ。どうですか、嬉しいですか?」

ニヤニヤ笑いながら、千佳がそう告げる。もちろん、嬉しいわけがない。あの時、ミスしていなければ、不運な偶然が重ならなければ、女なんかを相手にこんなことにならずに済んだ。その事実を、対戦相手から宣告される屈辱と、湧き上がる後悔。それは、どんな試合の後よりも遙かに強烈だった。そんな悠鬥の心情を知ってか知らずか、千佳は尚も続ける。

「いやー、本當に殘念ですねー。あそこでミスさえしなければ、先輩はボクシング選手としての未來を失わずに済んだんですよ。先輩はきっと、今日のあの瞬間のこと、一生後悔し続けちゃいますね。」

歌うような軽やかでリズミカルな口調でそう告げた千佳に対して、悠鬥は全身を焼くような屈辱と後悔と絶望に襲われている。だが、幸か不幸か、その時間は長くは続かなかった。

「さて、そろそろ本當におしまいにしましょう。行きますよッ!!」

宣言と同時に、ありったけの力を込めた千佳のパンチラッシュが悠鬥を襲う。

まずは悠鬥の鳩尾のど真ん中を狙った、今日何発目か分からないボディーストレート!

「ぶええぇぇっっっ!!」

次は、勢いがついたままの左のボディーフック!

「おええぇぇっっっ!!」

一旦引いて、全體重を乗せた右ストレートを腹筋のど真ん中に!!

「うえええぇぇぇっっっ!!!」

胃に殘っていた全ての胃液やら水分やらを全て吐き出し、悠鬥はそのまま崩れてしまい

そうになる。千佳の方に向かって倒れ込もうとする悠鬥に向けて、右ストレートで付いた勢いのまま、千佳は悠鬥の顔面に左ストレート!

「がああぁぁっっっ!!」

その衝撃に、悠鬥の全身は後ろに反り、ロープにもたれるような格好になる。すぐに膝から崩れ落ちそうになる悠鬥に向けて千佳は一気に踏み込み、さらに右ストレート、左ストレート!!

「がああっっ、ぐええぇぇっっっ!!」

立て続けのパンチに悠鬥の顔は嵐に飛ばされる木の葉のように左右に揺れ、血と涎が混じった液體がリングに飛び散る。こんな狀況でも、殘酷にも悠鬥の意識は完全には失われていなかった。いや、失わせないように千佳が絶妙の戦い方をしているのだ。そのせいで、信じられないほどの痛みと屈辱が、悠鬥の脳髄の奧の奧まで刻み込まれてゆく。悠鬥の表情からそのことを見て取った千佳は、満足げな表情と共に身を屈め、完璧な角度と威力で左右のアッパーカットを放つ。

「ぶえっ、ぶええぇぇっっっ!!!」

完璧に顎の先端に決まった渾身のアッパーカットの衝撃で一度は伸び上がった悠鬥の肢體は、すぐに膝から崩れ落ちていき、まさに文字通りリングに沈んでしまう。すぐにカウントが始まり、レフェリーがテンカウントを宣告した瞬間、會場は猛烈などよめきに包まれる。チカ、チカというコールが鳴り止まない中、マイクを手にした千佳は、試合の疲れを感じさせない聲で言った。

「みんな、私のショウの前座は楽しんでくれたかなー?プロボクサーって言ってたから、私もドキドキしたけど、思ったより手応えがなくて拍子抜けしちゃった。」

そう言うと、観客は口々に「チカ最高ー」とか「もっともっとー」と叫ぶ。その聲に応えるように千佳が言った。

「さあ、これからが私のショウの本番だから、みんな気合を入れて応援してね。じゃあ、歌います…」

千佳はそう言って、リングの中央に立ったまま、日本中を魅了するその歌聲を披露し始める。その橫では、鍛え抜かれた肉體を持ち、ほんの十數分前まで誰にも負けない実力を持っていたはずのプロボクサーが微動だにせず倒れ伏していた。白目を剝き、だらんと開いた口から血と涎を吐きながら、大の字になってリングに沈んでいる慘めなその姿からは、試合開始時の凜々しさも誇り高さも屈強さも、プロボクサーとしての菊原悠鬥を特徴づけていた雰囲気の全ては微塵も感じられなかった。そこに橫たわっていたのは、ボクシングを始めてからの10年もの歳月をかけて鍛え抜いた鋼の肉體と磨き抜いた洗練された技を、ボクシング暦わずか半年弱の體格も遙かに劣る女子アイドルに徹底的に打ち砕かれ、強さも誇りも全て失い、厳しい鍛錬と苦難の末の勝利により摑みかけていたプロボクサーとしての栄光も未來も夢も全て奪われてしまった、哀れで慘めな男の無慘な殘骸だった。

大家好我好不容易拚完了大考想說來久違的更新一下不過還是日文就是了(苦笑)這次男

主角是拳擊教練他在教一位女大學生一陣子後她要求比試結果可想而知(笑)最後淪為女大學生們的沙包とある街の雑居ビルの一畫にあるボクシングジム。部屋の真ん中のリングで二人の男子ボクサーが対峙している。その片方、青いグローブを身に付けた青年が、見事な右フックで勝利を収めた。青年の名は市村京一、21歳。中學でボクシングを始め、アマチュア時代から全國大會で優れた戦績を殘し、高校卒業と同時にプロデビューしてからは連戦連勝、一年あまりでA級ライセンスを取得し、その後も8回戦や10回戦で見事なKO勝利を収め続け、將來の世界チャンピオン候補とも言われる実力を持つ、このジムのエースである。

リングでは、僅かなインターバルを挾んで、別の男子ボクサーが京一に挑んでいた。體格の上回る相手に対しても動じることなく、巧みなテクニックでパンチを急所に叩き込み、京一は再び難なく勝利を収める。その光景に、リングの周囲から歓聲が上がり、そして観客達の中からまた新たな挑戦者がリングに向かった。

三連休の初日であるこの日、ジムではボクシングの振興と練習生の勧誘のため、飛び入り參加可能な公開スパーリングを実施していた。ジムのエースであり、全國トップレベルの実力を持つプロボクサーである京一と戦えるとあって、腕に覚えのある大勢のボクサーがやって來ていたのである。

鍛え抜かれた肉體を持つ見るからに屈強な男子ボクサーに混じって、抜群のルックスとスタイルを持つ可愛らしい女の子が、ビキニ姿でラウンドガールをしていた。彼女の名は三科理緒、19歳。近くの大學に通う女子大生で、このジムのボクササイズコースに通う練習生でもあった。京一の屬するプロコースと理緒の屬するボクササイズコースはフロアが違い、コーチや練習メニューも異なるため、普段は基本的に交流が無かった。しかし、ジムの誇るトップクラスのプロボクサーである京一が公開スパーリングを行うという話を聞きつけ、面白そうだからラウンドガール役をやりたいと申し出てきたのだった。

試合はまたも京一の勝利に終わり、この日のスパーリングは京一の全勝で終わった。

「お疲れ様でーす。」

京一が連戦で疲れた體を癒していると、ビキニ姿のままで理緒が聲をかけてきた。

「三科さんも、お疲れ様。」

京一がそう答えると、理緒は興奮して言った。

「市村さん、悽くカッコ良かったです!あんなに大勢を相手に、一度もダウンせずに勝ち続けて。さすが、未來の世界チャンピオンですね!」

可愛いらしい女の子に憧れのまなざしで見つめられながらそんな風に褒められては、屈強なプロボクサーと言えど骨抜きになってしまう。そんなことないよなどと言いながらも、浮わついた気持ちになっていた。

しばらく今日の試合の話をしてから、理緒が切り出した。

「市村さんの試合を見てたら、私ももっと強くなりたいなって思いました。でも、何から手をつけた

らいいか分からなくて。アドバイスとかありますか?」

そう尋ねられて、京一はうーんと唸る。ボクササイズコースは、あくまで美容や體力増進が主目的で、ボクサーとして強くなることを目指した練習メニューになっていない。

「うーん、ボクサーとしての基本的な技術を身につけるのがまず第一だと思うけど。」

そう言って理緒に普段の練習メニューを聞き、パンチやフットワークを実踐してもらう。理緒はボクササイズを始めて二ヶ月、パンチやフットワークの最低限の基礎は出來ており、パンチ力も女の子にしては強かった。一方で、防禦や迴避、実踐的なコンビネーションなどは全く習っていないらしい。

「じゃあ、一番基本的なブロッキングとヘッドスリップとダッキングを教えてあげるよ。」

そう言って、ブロッキングとヘッドスリップとダッキングのやり方を教えてみせる。理緒はなかなか筋がよく、短時間でコツを摑んでみせる。もちろん、実戦で使えるレベルに達するには長い時間が必要だろうが。

「ありがとうございます、市村さん。隨分強くなった気がします。」

笑顔でそう言って帰っていく理緒を、京一は微笑ましい気持ちで見送る。いくら型を覚えても、実戦で上手く使いこなすには長いトレーニングが必要だ。けれど今は、初めて覚えた実戦的なテクニックに喜ぶ段階なのだろう、そんな風に考えていた。