エリニュス 〜処刑官キリエ〜(長篇日文 酷刑 虐殺 拷問 顏面騎乘 溫柔)

エリニュス 〜処刑官キリエ〜(長篇日文 酷刑 虐殺 拷問 顏面騎乘 溫柔)

作者:A8a85626692

作者:中田ムータとある剣と魔法の世界。

その世界では、「ピッグス」と呼ばれる豚っぽい子供が、普通の人間の両親から突然変異的に生まれてきます。人権意識の低い世界ですので、彼らは差別を被ります。ピッグスとして生まれた子供は、生まれてすぐ両親から引き離され、奴隷教育を受け、強制労働に一生従事させられます。ピッグスが生まれる原因はわかっていませんが、なぜか「男子しか生まれない」という共通點があります。彼らは見た目こそちんちくりんの豚っぽい外見ですが、知能は普通の人間と変わりません。當然、自分たちの境遇に憤りを覚えている者も多いです。彼らは地下組織を結成し、世界を変えるための、合法および非合法の活動を行っています。

さて、この世界で突然変異的に生まれてくるのはピッグスだけではありません。

美しい容姿と不思議な力を持って生まれてくる子供たちもいて、彼女たちは「エリニュス」と呼ばれています。エリニュスが生まれる原因はわかっていませんが、なぜか「女子しか生まれない」という共通點があります。彼女たちは、ある種の特権を享受して人生を歩みます。まずは身體的特徴において。彼女たちは普通の人間と比べて身體能力が高く、長身で、腳が長くて小顔です。続いて「魔術」において。これはエリニュスたちの中でも個人差が大きく、例えば何もない所に火を出現させたり、電気を発生させたり、傷を癒したり等、様々です。壽命についても普通の人間より大幅に長いです。さらに、二十歳ごろに成熟するとそれから死ぬまで老化しないという特徴もあります。

ピッグスの地下組織の活動は日に日に過激化していき、誘拐や殺人、無差別テロなどが當たり前のように起きるようになりました。それを取り締まるため、やがて対地下組織取締局、通稱「管理局」が設立されます。管理局には、その任務の性質上、魔術を使えるエリニュスが多く在籍することになりました。

これから語るのは、ピッグスの地下組織の青年「ムータロ」が、管理局に捕らえられ、エリニュスの処刑官「キリエ」によって、徹底的に可愛がられてしまうというお話です。

※この作品はPixivとアルファポリスにも掲載しています。

プロローグ管理局、第七監獄の地下一階。

仄暗く伸びる石造りの廊下。無音の中に時折響く水滴。冷気。

天井に一定間隔で點在する、控えめな橙色の魔力燈。

廊下の両側には十といくつかの鉄扉。

それら一つ一つが、捕らえられたレジスタンス用の一時拘留室である。

その中の、とある一室。

部屋の奧、闇の中から発せられる苦しげな呼吸音。

そこには、全裸で拘束架スパイダーに捕縛され、苦悶の表情を浮かべるピッグスの青年。

彼の名はムータロ。地下組織レジスタンスの闘士。十八歳の古參兵。

身長はピッグスとして平均的な九十センチメートルほど。

手足が短く頭の大きいちんちくりん體形だが

、無駄な脂肪は無く、鍛え上げられた筋骨隆々の體。

ストイックさと忍耐力を感じさせるソリッドな頬と四角い顎。

彼はなぜ、ここにこうして拘束されるに至ったのか?

時は三日前、管理局強襲部隊による地下組織支部拠點の急襲。

その際、仲間たちを逃がすため囮となって逮捕されたのだ。

後悔はしていない。いつでも死ぬ覚悟はできていた。

自分はここで終わるが、逃げ延びた仲間たちがいつか必ず、ピッグス解放の夢を実現してくれる。

精神的には、彼はもう満たされていた。いっそ清々しかった。

苦闘の日々が終わり、ピッグス解放の理想に殉じて死ねるのだから。

だが肉體的には、拘束架の殘酷な捕縛が彼を苛んでいた。

腳は正座の形で拘束され、膝裡に鉄棒が挾み込まれており、血流阻害で腫れ上がっている。

胴體は、架の背柱に背中を接した狀態で、拘束革帯ベルトで固定。

腕は、背中に回された狀態で架の背柱に付屬した枷に拘束。

さらに、顔面は架の背柱と一體となった口枷で固定。

食事は、初日に口枷から流動食を強制的に流し込まれたきりで、排洩に至ってはオムツだ。

そんな狀態で、すでに丸二日以上拘束されていた。

廊下からの足音を、ムータロの鋭敏な聴覚が捉えた。音の數から察するに、二人。

尋問だろうが処刑だろうが、覚悟はできている。

それでも、足音の目的地を気にせずにいることはできず、ムータロは耳を澄ました。

音が次第に大きくなる。それが自分の拘留室を通り過ぎることを一瞬期待してしまうムータロ。

しかし、そのような期待は、裡切られるために存在するのが常だ。

足音が、ムータロの拘留室の前で止んだ。

心拍數が上がり、呼吸が早まる。冷や汗が額を滑り落ち、その塩分が目にしみる。

軋んだ音を立てて鉄扉が開く。魔力燈の淡い橙の光が流れ込み、暗闇に順応しきったムータロの目を刺した。

扉の向こうに現れたのは、二人の男。

「うぉっ、くっせ。漏らしてんな、コイツ」

鼻に手を當て、眉間にしわを寄せて侮蔑の言葉を漏らしたのは、獄司の制服に身を包んだ、あまり賢くはなさそうな若い男。

「ふむ、排洩の処理も獄司の仕事じゃろう。誰かさんの怠慢、職務規定違反ということじゃな」

片眉を吊り上げ、獄司への皮肉で応じたのは、検察官の黒い法衣ローブに身を包んだ白髭の老人。

検察官がいるということは、少なくとも処刑の時が來たというわけではないのだろう。

しかし妙ではある。そもそも、ピッグスに裁判を受ける権利はない。したがって、検察官が自分に用などないはずだ。

では目的は何だ?思考を巡らすムータロ。そして一つの可能性に思い當たる。

「ピッグスの青年よ。単刀直入に言う。取引じゃ。”協力者”にならんか?」

やはりそういうことか。あまりに想定通りの內容に、思わず鼻息が漏れる。

”協力者”だと?論外だ。これまでの彼の人生が、その選択を決して許さない。

ピッグスとしてこ

の世に生を受け、目が開くより前に奴隷育成施設ファームへ収容された。

そこでは名前すら無く、ただの番號で呼ばれた。

八歳で施設を脫走し、荒野で行き倒れているところを地下組織レジスタンスに拾われた。

ムータロという名を授けられ、教育を受け、世界の歪みを知った。

訓練を施され、仲間ができ、役割を與えられ、日々の糧を得た。

闘爭の日々を過ごす中、ピッグス解放という地下組織の理想、それがいつしか彼自身の生きる目的となっていった。

地下組織を裡切ることは、自分の生を裡切るのと同じだった。彼が培ってきた十年とは、そういうものだった。

「口枷を外してやってくれ」

検察官が獄司に言う。

獄司は面倒そうな表情を浮かべながらも、一応は自分の仕事をこなした。

「ぷはぁーーーっ!げほっ、げほっ⋯⋯!」

口枷が外れ、二日ぶりに顔面が解放されたムータロ。

溜まっていた唾を床に吐き捨て、口の中を新鮮な空気でリフレッシュする。

首の筋肉を動かし、脳への血流を活性化させると、だいぶ思考がクリアになってきた。

「人心地ついたかの。して、答えはどうじゃ?」

ムータロはゆっくり顔を上げ、冷たい侮蔑のこもった目で老人を見上げる。

そして、目を見據えたまま意識的にしばしの沈黙を挾んだ後、「期待に添えず悪いが、答えはノーだ。論外だ。俺のこれまでの人生が、その選択を決して許さない」

先ほど脳內で思ったことをほぼそのまま言った。

ムータロと検察官は、視線をぶつかり合わせたまま、しばし沈黙する。それを破ったのは、老人の方だった。

「⋯⋯⋯青年よ、わしゃ七十年生きてきた。だからお前さんよりものをわかっている、などどは言わん。だが、年寄りの話はちゃんと聞いた方がええ。自分がジジイになってそれがよくわかるんじゃ。よいか、お前さんは死ぬ覚悟などとっくにできてるんじゃろう。だが、この世にゃ、死ぬより辛いことなどいくらでもある。そして、この申し出を拒否した場合、お前さんはそのうちの一つを味わうことになる」

「拷問か?なら無駄だ。誰かが捕らえられた時點で、そいつが知らない場所へ拠點は移動される。殘念だが、俺をいくら拷問しても有益な情報は出てこないぞ」

本音を言えば、拷問は恐ろしい。そんな內心を気取られたく無いという思いもあってか、やや勢い込んだ口調で言った。

「拷問⋯⋯。われわれ人類の最もおぞましい発明の一つじゃな。それは二種類ある。何かを聞き出すための拷問と、刑罰としての拷問じゃ」

老人は続ける。

「この面會中の取引オファーに応じなかった場合、お前さんは処刑官の管理下に入ることになる。管理局の処刑官が行うのは後者のほうじゃ。そして、ここ第七監獄の処刑官は、わしが知る限り、管理局のすべての処刑官の中でも、苛烈さにおいて明らかに一線を畫しておる」

そして、なぜか目を伏せて、「わしゃ、あの娘を知っとる」

続けて膝をつくと、ムータ

ロの肩を摑み、その目を見據えてこう言った。

「よいか、たとえお前さんがどんな強靭な戦士、どんな勇者だろうが、あの娘の前では何の関係もない。わしは心からお前さんのために言っておる。この面會時間が最初で最後の機會なんじゃ。悪いようにはせん、わしを信じてくれ。取引に応じるんじゃ⋯⋯!」

ムータロは、目の前のこの老人の、まるで懇願するかのような言い様に、さすがに違和感を覚えた。

同時に真摯さを感じた。好ましい人物だとさえわずかに思った。

だが、ムータロがこの老人を信頼するにも、老人がムータロを説得するにも、今はあまりに時間も言葉も足りていなかった。

「検察官、時間だ。これ以上は、"職務規定違反"ですぜ」

覚えたての言葉で皮肉を言い返せたことに満足げな卑笑を浮かべつつ、獄司が言った。

そして、今度は検察官の命令を待たずに、ムータロの顔面を再び口枷で拘束し始めた。

老人は、獄司が口枷を締め終える最後の瞬間まで、ムータロの口から肯定の言葉が紡がれることに期待しているようだった。

しかし、そのような期待は、成就されないために存在するのが物語の常だ。

ムータロの答えは最後まで沈黙だった。

程なく、口枷が締め終えられた。もう聲を発することはできない。

”協力者”オファーを受ける機會はこれで永久に失われたのだ。

「愚かな青年よ⋯⋯。せめて、お前さんに速やかな安らぎが訪れんことを願う。神の加護があらんことを」

検察官は目を伏せ、ムータロの肩に手を觸れたまま、祈りの言葉を唱えた。

そして、あろうことか、ムータロの額に口づけをした。

額への口づけはよほど親密な仲、ーー例えば家族のようなーーでもなければ普通はしないものだ。

老人の行動の意味がわからず呆気にとられるムータロ。

「さらばじゃ」

検察官の老人は長い息を一つつくと、何かを振り切るように勢いよく立ち上がり、背を向けて歩き去った。

開いた時と同様、軋んだ音を立て、拘留室の鉄扉が閉じられた。

ふたつの足音が遠ざかっていき、やがて聞こえなくなった。

闇と靜寂。その中に再び一人となったムータロ。

先ほどの検察官との會話を思い出す。

刑罰としての拷問。もちろんそれは恐ろしい。想像するだけで胃袋が縮む感覚がする。

だが、事ここに至ってしまっては、もうどうしようもない。どんな拷問をされるにせよ、命盡きるまで受けきるしかないのだ。

もうひとつ、會話の中で引っかかったフレーズがあった。

ーーわしゃ、あの娘を知っとるーー娘、と検察官は言った。女ということか。

管理局で処刑官になるなど、よほど頭のイカれた女なのだろう。これも不安材料だが、考えても仕方がない。

ムータロは検察官との會話を心の隅に追いやる。すると今度は、自分との対話が始まる。

ーー取引に応じるべきだったんじゃないのか?ーー心の中で、悪魔の聲がかすかに囁いた。その囁きは、放置すると際限なくル

ープする類のものだ。

自分が、たとえわずかにでもそう思っている、ということが忌々しかった。

ムータロは目に力を入れて強く鼻息をつき、悪魔の囁きを體から吐き出そうとした。

そうだ、悪魔はこの闇と靜寂からやってきたのだ。ならばそこに帰してやればいい。

闇の中での自分との対話は、時間感覚を失わせる。一分、十分、いや、一時間が過ぎたかもしれない。

ムータロはいつしか眠りに落ち、意識と無意識の境界線上で、こんな夢を見た。

見知らぬ家の中。天井が見える。

見覚えのない若い男女と、だいぶ若返ったあの検察官の老人が、こちらを見下ろしている。

彼らは困ったような、悲しんでいるような表情を浮かべながら、何事か話し合っている。

若い女が、急に顔を両手で覆ってすすり泣きはじめ、若い男の方が彼女の頭を胸に抱き、なにか慰めらしき言葉を言っている。

ふいに、右手に何か柔らかいものが觸れる。そちらに顔を向けると、そこには赤ん坊がいて、同じようにこちらを見ている。先ほど觸れたのはその赤ん坊の左手だ。

その赤ん坊はグレーの瞳でこちらを見て無邪気に笑う。するとなぜか、ムータロはその笑みがとてつもなく恐ろしいもののように感じ、検察官の老人に助けを求めようとする。

が、先ほどまでそこにいたはずの検察官と若い男女はもうどこにもいない。

周りの景色も、見知らぬ家の中だったはずが、いつのまにか、がらんどうの空間になってしまっている。

急に、右手が強く摑まれる。そちらを見ると、あの赤ん坊のグレーの瞳は赤く変色し、無邪気な笑みは捕食者のそれに取って代わり、口角を吊り上げて、人間のものと思えないような音聲で、邪悪なマントラめいてひたすらある一語を繰り返した。

取引ディール、取引ディール、取引ディール、取引ディール、取引ディール、取引ディール⋯⋯!

暗闇の中でうなされるムータロ。

かくして、このピッグスの青年の運命の帰還不能點は過ぎ去ったのであった。

時計の針はもう、二度と戻らないのだ。

Act.1 扉「さて、俺は上に戻るぜ。もう二度と會わねーだろうなぁ。あとは処刑官がお前を迎えに來る。せいぜい可愛がってもらいな」

そう言い殘すと、ムータロを地下一階の拘留室から地下七階のここまで、移動式拘束架を引いて連行してきた獄司は、もと來た扉の向こうへと去っていった。

ムータロが連行されて來たそこは廊下のような、部屋のような、どちらとも形容しがたい空間だった。広さはそれなりにあり、長辺十メートル、短辺五メートル、高さ五メートルといったところか。出入り口は二つ。入って來た扉と、その反対側にある十字の彫刻が施された大きな扉。床、壁、そして天井は、反射するほどに磨かれた白い石造りだ。天井に設置された白い蛍光魔力燈が明るく照らしている。

無音だ。內臓がじわりとするような緊張感。

ついにこの時が來たのだ。俺は処刑される。検察官も言って

いた通り、楽に死ねる類の処刑ではないのだろう。

胸に去來する數々の思い。全てが終わったことへの開放感。闘いの道半ばで終わってしまうことへの無念。処刑への恐怖。仲間たちへの感謝。魂の存在、輪廻、カルマ、來世。自分はなぜこの世に生まれて來たのか⋯⋯。

數分経っただろうか。思考に沈んでいたムータロの耳が、十字マーク扉の向こうから近づいて來る足音を察知した。

硬い音質。おそらく金屬製の細いヒール。処刑官は女か。これも検察官が言っていた通りだ。

だが、音と音の間隔がかなり長いのが気になる。普通に歩いているとすればかなり長い歩幅の持ち主ということになるが⋯⋯。

音は次第に大きくなり、やがて、十字マーク扉のすぐ向こうで止んだ。

ゴクリと唾を飲み込むムータロ。

いる。あの扉の向こうに。処刑官が。

高まる緊張。額を滑り落ちる汗。荒くなる鼻息。

(シュゴッ!)扉の十字マークに沿って縦橫の亀裂が入った。

四つに割れた扉が、それぞれ斜め上と斜め下にスライドして、重い音を立てながらゆっくり開いていく。

(ゴゴゴゴゴゴ⋯⋯ガシン)扉が開ききった。

ムータロは刮目した。

扉の向こうには、微笑みを浮かべた一人のエリニュスの姿があった。

Act.2 女神降臨エリニュス。

普通の人間の両親から、突然変異的に生まれて來る希少體。

理由は不明だが、女性しか生まれてこない。

特徴として、長身、美貌、長命。體力、知力共に優れる。

さらに、通常の人間やピッグスには持ち得ない不思議な力──魔力と呼ばれている──を持つ、生物學的特権階級とでも呼ぶべき存在。

彼女たちはそもそも絶対數が少ない。とはいえ、”目撃したら奇跡”といったレベルでもなく、街を一日歩けば、一人くらいは普通に見かける程度にはメジャーな存在だ。もちろんムータロとて初めて見るというわけではない。つい先日、|自分たち<レジスタンス>の拠點を強襲した部隊のリーダーもエリニュスだった。

しかし、いま目にしているこのエリニュスは、彼がこれまで見たどのエリニュスよりも美しいように感じられるのだ。自分がなぜそう思うのか理由がわからず、ムータロは彼女を観察する。

二メートルを超えているであろう細身の長身。

その三分の二を佔めるに迫る長く形の良い美腳。

くびれた腰つき。キュッとしたお尻。

骨格自體が細いため痩せているように見える胴體。控えめな胸。

しなやかで柔らかそうな腕。長い指。

小ぶりな頭部。十二頭身ほどあるだろうか。

白皙の小顔。涼やかな目元、グレーの瞳。細く筋の通った鼻。尖った耳。小さく整った赤い唇、艶黒子。

ポニーテールにまとめられた、美しい黒髪。

そしてその身に纏う異裝。

フロント編み上げタイプの、黒いタイトフィットの魔獣皮製サイハイブーツ。踵はシルバーのピンヒール。

黒のガーターストッキング。太もも部分に赤い十字があしらわれている。

黒いタイトフ

ィットの魔獣革製コルセットと、それに付屬した黒のプリーツマイクロミニスカート。

白い上品なブラウス。その両肩に赤い十字の刺繍。

首元を飾る、細身のフェミニンな赤いリボンタイ。

黒いタイトフィットの魔獣革製ロンググローブ。

ナースキャップのようなデザインの小さめの魔獣皮製帽子。前面には赤い十字マーク。

ムータロは呼吸を忘れて見惚けてしまう。

神々しきエリニュスは長い手足を振って悠然と迫る。

そして、彼の眼前、ほとんど跨ぐような位置取りで立ち止まると、腰に手を當てて股下の青年を見下ろした。

ムータロの顔の両脇にそびえる黒サイハイブーツの美腳。

長身美女の股下で拘束架に捕縛されているちんちくりんの自分。屈辱!

エリニュスが拘束架の首部分を操作した。すると、ムータロの頭部の拘束が後ろに傾き始めた。

傾きに比例してムータロの視線の角度が上がっていく。視線はサイハイブーツを過ぎ、ガーターストッキングを過ぎた。続いてストッキングとスカートの間の白い內腿を過ぎると、やがて、物理的必然によって、ムータロの視線はプリーツマイクロミニスカートの內奧へと到達した。

黒、だった。シアーレースのラグジュアリーなTバック。

(⋯⋯ッ!)見てはならないものを見てしまった気がしたムータロは、思わず目をきつく閉じた。

その様子を見たエリニュスが、微かに笑った。

微笑のエリニュスは、後ろ手を組んで少し前かがみになると、真上を向いたムータロの顔を覗き込むように見下ろして、言った。

「はじめましてムータロくん。私はキリエ。ここ第七監獄の主任処刑官です。今日からキミを擔當するから、よろしくね❤︎」

キリエの第一聲。

凜とした聲質で、思いのほか優しげでフランクな口調だった。

続けて言う。

「今日は、”事前処置”をするからね❤︎」

事前処置?文字通り、何かを始める前の準備的な処置のことだ。何のことはない、それ自體はごく普通の言葉。だが、この狀況で、エリニュスの処刑官から聞くそれは、ムータロの胸にあまりにも不吉に響いた。

彼女は一體何をするつもりなのだ?”事前処置”の意味するところは何だ?

「ふふ、”何をされるか不安”って顔してるよ?」

図星を指され、ハッと我に帰るムータロ。羞恥と怒りで顔が紅潮する。視線を向けてキリエを睨みつける。

その様子を見たキリエが噴き出す。

「あははっ、分かり易い。いいよ、素直な子は好きだよ」

素直な”子”だと?またしてもムータロの自尊心を逆なでするキリエの言葉。

頭にさらに血が上り、額に血管が浮き出すムータロ。

「大丈夫。心配しなくてもすぐに分かるから⋯⋯。ふふ、それじゃ、さっそく行こっか❤︎」

キリエはムータロの頭部拘束の角度を元に戻した。

そして彼の拘束架をキャリーバッグのように引いて、十字マーク扉の方へと歩き出した。

Act.3 処置室(ゴゴゴゴゴ⋯⋯ガシン⋯⋯!)背後で、

十字マーク扉が重い音を立てて閉じた。

十字マーク扉の奧は、五十メートルほどの廊下になっていた。

キリエはムータロの拘束架を引いて奧へと進んでいく。

廊下の突き當たりはT字路になっており、そこを左に曲がった。

曲がった先は五十メートルほどの奧行きがあり、いくつかの金屬扉が並んでいた。

そして、その中の一つの前でキリエは足を止めた。

「さ、ここが”処置室”だよ⋯⋯❤︎」

ムータロを見下ろして告げる。

白皙の頬に薄く朱が差し、グレーの瞳には隠しきれない嗜虐の喜びが浮かんでいる。

その様子はどことなく、麻酔をかけた哀れな芋蟲を、二度と出られない巣穴に運び込む狩りバチを連想させた。

(いよいよか⋯⋯!)ムータロの額を冷や汗が滑り落ちる。

唾を飲み込もうとしたが、緊張のあまり乾ききった喉に嫌な痛みが走る。

キリエが金屬扉に手をかざすと、中央から割れて左右に開いた。

(プシュゥゥゥゥゥゥ⋯⋯)“処置室”から冷気が白い煙となって下方に漏れ出し、ムータロを包み込む!

「ウウッッ!ゲホッ、ゲホッ!」

肺を凍らせるような冷たさに咳き込むムータロ!

「ふふ、ごめんね。裸のキミにはちょっと寒いかな❤︎」

キリエは、ムータロの拘束架を引いて室內に入る。すぐに背後で扉が閉まった。

“処置室”內は十五メートル四方ほどの広さだった。

黒いタイル張りの室內を白い蛍光魔力燈が明るく照らしている。

冷気に震えながらも、素早く観察するムータロ。

部屋の中央にある寢臺──処置臺──が目を引く。

材質は不明だが、奇妙な有機的質感を持った曲線的形狀で、頭部、胴體、手足を支える部位がそれぞれ分離している。

あれに拘束されることまでは容易に想像がつく。問題はそのあとに何をされるのかだが⋯⋯と、そこでムータロはあることに思い至る。

あの処置臺に拘束するということは、一時的に今の拘束架の拘束を解くことになるはずだ。その時にこのエリニュスに一矢報いることができるのではないか?そしてあわよくば脫出することも。脳內で様々な反撃パターンのイメージを描くムータロ。

「処置臺に移すよ。暴れないでね❤︎」

果たしてムータロの想定通り、キリエは彼の拘束架を解き始めた!

頭の拘束が外され、腕の拘束が外され、腳の拘束が外され、胴體の拘束が外され⋯⋯(よし、今だ!)ムータロは全身全霊の力を込め、キリエの顔面めがけてジャンピングアッパーカットを繰り出した!

ガキィッ!

手応えあり!否、よく見よ、ムータロの拳はキリエの顔面を捉える寸前で彼女の右手に受け止められている。無念!

「あーあ、悪い子だ❤︎」

おそらく受刑者のこうした行動には慣れているだろう。キリエは餘裕の微笑だ。

そして摑んだ右手を振ってムータロの體を黒タイルの床に叩きつけた!

ドゴォ!

「ウゴァッッ!ガハッ!ゴハッ!」

叩きつけの衝撃で呼吸ができずうずくまるムータロ!

キリエは

悶絶するムータロの首根っこを摑んで持ち上げると、手際よく処置臺に拘束していく。

ムータロの両手首、両足首、両肩、両腿の付け根、胴體、頭(口)、それぞれが処置臺から伸びる拘束帯で捕縛されていく!あっという間に処置臺への拘束が完了した。

処置臺の拘束は拘束架以上にタイトで、ムータロがいくら力を込めても文字通りビクともしなかった。

(く、くそっ。なんだ、この拘束の硬さは⋯⋯まったく動けない⋯⋯!)キリエは処置臺に拘束されたムータロの頭の所に立ち、彼の目を真上から覗き込んだ。

そして口を開く。

「いよいよ始まるよ。怖い?」

ムータロはまだダメージから回復しきっていなかったが、それでもキリエを睨みつけた。

本音を言えば怖くてたまらない。何をされるかもわからない。だが気持ちで負けたら終わりだ。

「ふふっ、気骨があっていいね。でもそれがどのくらい持つのかな⋯⋯❤︎」

キリエはそう言うと、処置室の隅へと歩いて行った。

そして、白いシーツの被せられた車輪付き臺を押して戻って來た。

先ほどと同じように、ムータロの頭の所に立ち、真上から見下ろす。

キリエが唐突にこう質問した。

「ねえ、ムータロくん。猛獣の武器ってなんだと思う?」

(猛獣の武器?いったい、なんの話をしている⋯⋯?)ムータロはキリエの言葉の意味を察しかねる。

「私はこれからキミの処刑を擔當するよね?それってつまり、私はキミを”管理”しなくちゃいけないってことでしょう。さっきみたく猛獣のように暴れるキミを管理しやすくするには、どうすればいいかな?」

キリエはムータロの頭部拘束部を操作する。すると、ムータロの首の角度が正面から右に回り始めた。

ムータロの視界に先ほどキリエが押してきた車輪付き臺が入る。

「これを見て❤︎」

キリエが車輪付き臺を覆っていた白いシーツを外した。

そこに現れたシルバー製の道具類を見て、ムータロは青ざめる。

サイズや形狀の違う何本ものの注射器、大小諸々の鋏、鑷子、鉗子類。メス。

用途不明の、內側にブレードのついたリング型器具。

薬液の入ったいくつかの瓶。

ガーゼや包帯、黒いゴムのキャップのようなもの。

その他、なんと形容して良いかもわからぬ器具の數々⋯⋯(ま⋯⋯まさか⋯⋯!)ここに至って、ムータロはキリエの言う”事前処置”が何たるかをほぼ正確に理解し、心底から恐怖した。

そして、先ほどキリエが言った“猛獣の武器”、それはすなわち⋯⋯「鋭い牙と強靭な四肢。まずはそのへんだよね❤︎」

Act.4 処置1「ふぐぅぅぅぅぅぅぅっっっ!!!んぐぅぅぅぅぅぅっっ!!!!」

ムータロは全身の筋肉に全霊の力をみなぎらせて恐怖の処置臺を脫しようと試みる!

しかし、その拘束はほんの一マイクロメートルほども緩む気配すらない!

「最初にお薬を打つからね❤︎」

キリエが左手で頭の橫にシルバーの注射器を構えて言う。

彼女が右

手でムータロの口の拘束具を操作すると、ムータロの口が強制的に開かれ、その舌が口外へ伸長されていく!

(ギリギリギリギリ⋯⋯)「フッ、フガァァァァァ!!!」苦悶するムータロ!

「さ、ちくっとするよー⋯⋯❤︎」

キリエの注射器がムータロの舌へと近づいていく!そして、プスリ。

「オァァァァァァァァァァァァッッッッッッ!!!!!!!!!!」

ムータロの絶叫が処置室に響き渡る!顔面の筋肉は痙攣し、脂汗を浮かべて悶絶している!

「もう少し奧まで刺すからね⋯⋯」

キリエはゆっくりと丁寧な動きで舌の奧に針を進めていく!

「オァァァッッッッ・・・!ンッ、ンンンンンンッッッッ!!!」

侵入する針の痛みに涙ぐんで悶絶するムータロ!

「ふふ、痛がり屋さんだね。ほら、お鼻でゆっくり呼吸しましょうね⋯⋯すぅーーーーっ、はぁーーーーっ、すぅーーーーっ⋯⋯」

優しくなだめるキリエの聲。そのリズムに合わせ、ムータロの呼吸が少しずつ靜まっていく。

薬液は殘酷なほど緩慢に注入されていく。

呼吸を亂さぬよう懸命に耐えるムータロ。

二、三分ほどたち、やっと注射器が抜かれた。

「はい、よく頑張りました❤︎」

優しく微笑んでムータロを褒めるキリエ。

「ハァーーーッ、フゥーーーーッ⋯⋯」

注射が抜かれたことに安堵し、脂汗を浮かべながら深く呼吸を繰り返すムータロ。

これまでの人生で、歯の治療で麻酔を打たれたことはあったが、それは全て歯莖にであった。今回のように舌に注射されたことは皆無だ。

舌に軽い痺れと熱感がある。それは徐々に口內に広がり、さらに顔面、首、體全體に広がっていく。

おかしい。ムータロは違和感を覚えた。

抜歯だけなら口內の麻酔で十分なはずだ。だが、これは明らかに體全體に作用している。

さらにおかしいのは、痺れはあるのに感覚が鈍くならないのだ。いやむしろ、鋭くなってさえいるような⋯⋯。

やはりおかしいぞ。皮膚に感じる処置臺とその拘束帯の感觸までもが、熱感を持ち始めている!あ、熱い!い、いや・・・痛い!何なのだこれは!

「そろそろ効いてきたかな⋯⋯❤︎」

キリエの手がフェザータッチでムータロの胸を優しく撫でた。

「アッ、アアアアアアアアッッ!!!アッアアアアッッ!!!!」

何と!優しく撫でただけだと言うのに、ムータロの胸の皮膚に鋭い痛みが走った!

「ふふ。麻酔なんてかけてあげるわけが無いでしょう?」

「さっきキミに注射してあげたのは、運動神経だけを眠らせて、痛覚神経を鋭敏にするお薬。ほら、體にはもう力が入らないのに、痛みだけは普段の何十倍も強く感じるでしょう?」

そう言って、キリエはムータロの胸に爪を立てた!

「アギャァッァァァァァァアア!!!!!!!んごぁぅおぅぇっっっっぶっ!!!オァッ、オッォあっ!!!!」

なんという痛み!全身の皮膚がむき出しの痛覚神経と化したかのようだ!

そして、爪を立てられ

ただけでこの痛みだというのに、この後行われるのは⋯⋯!

ムータロの視界に、抜歯用鉗子を手にして見下ろすキリエ!

「さ、始めよっか❤︎」

Act.5 処置2(ゴリッ⋯⋯グリグリッ!グキャッ!⋯⋯バキム!)「フゴァァァァァアァァァァァァァァァアァァァァァァ!!!!!!!!!」

最後の一本を抜歯されたムータロの悲痛な絶叫が響く!

「はい、良く頑張りました⋯⋯❤︎」

頬を上気させたキリエがムータロに優しく労わりの言葉をかけた。

全抜歯されたムータロの口內はさぞや慘憺たる血の海に⋯⋯否、見よ、不思議なことに血はほとんど出ていない。まるで初めから歯などなかったかのような綺麗な歯莖が殘されている。

なぜか?実はこれは、キリエの処置道具にあらかじめ治癒魔法が込められていることに起因する。

キリエの目的はあくまで受刑者に最大限の苦痛を與えることであるため、受刑者を死なせてしまっては元も子もない。

そのため、あらかじめ処置道具に治癒魔法をかけておくことにより、出血やダメージを最小限に抑えるようにしているのだ。

もっとも、その治癒魔法はあくまで傷口を塞いで血管をつなぐ程度のもので、失われた部位を再生することはできない。

つまりまとめるとこういうことだ。

・受刑者は、最大限の苦痛を味わいつつも決して死ぬことはない・抜歯やその他の処置で失われた身體の部位は二度と戻らない「さ、て、と❤︎」

見下ろすキリエ。

ムータロの胸にはもう悪い予感しかない。

「次が、今日のクライマックスだね」

キリエが、內側にブレードのついたリング型器具を手にとってムータロに見せつける。

數は四個。そのうち二個は小さめで、別の二個はやや大きめ。

理性ではその用途をすでにうすうす察しているムータロ。だが、感情がそれを認めるのを拒絶していた。

「な、なんにふかうんら⋯⋯(な、何に使うんだ)」

歯がなくなった為、口枷は外されている。入れ歯の外れた老人のような滑舌でムータロは問うた。

「ふふ、分かってるくせに。それとも本當にわからないのかな?鈍い子は好きじゃないよ❤︎」

続けて言う。

「いいわ、教えてあげる。今から、キミの手足を切るわ。このリングでね❤︎」

誤解の餘地などないキリエの宣告!

現実乖離症狀を起こしたムータロの感情も、ここまではっきり告げられればもはや現実を認めざるを得ない!

キリエがリング型器具をムータロの両肘上と両膝上に容赦無く裝著!

「フガァァァァァァッッッッ!!!!アアアアアアアアアアアッッ!!!!!」

恐慌を來たすムータロ!

「それじゃ、はじめよっか。最大限に泣き叫んでいいからね❤︎」

キリエがムータロの両手足のリング型器具を操作すると、內側のブレードの徑が狹まり始めた!このブレードが完全に閉じきった時、ムータロは彼の四肢に永遠の別れを告げることになるのだ!

†††(ギリギリ⋯⋯ギリギリ⋯⋯)「ンゴ

ァァァアァッッッ、ンッ、ンンンッ!!!アアアッッ⋯⋯!!!!!」

開始から五分、顔面を真っ赤にして苦悶の表情で耐えるムータロ!

リング型器具は殘酷な緩慢さでそのブレードの徑を狹めていく!

†††開始から十分が経過!

「あぼぼぼぼぼぼぼ!!!おぼぼぼぼぼぼっっ!!!」

真っ赤な顔で泡を吹き、痙攣し白目を剝きながら耐えるムータロ!

「頑張れ、ムータロくん!ファイトー❤︎」

キリエはそんなムータロを応援!時折ガーゼで彼の額の脂汗を拭ってあげている!

†††そしてムータロにとっては永劫にも等しい十五分が過ぎ!

(ギリッ、ギリリリリッッ⋯⋯バキッ、バキム!!!)「アッ、アキャァァァァァァァァァァァァァァァァッッッッッッ!!!!」

リングの徑がゼロになるとともに、ムータロ今日一番の絶叫が響き渡った⋯⋯!

これで抜歯に続き、四肢切斷が完了した。

両手足の切斷面の出血はほどんど無く、切り株めいた痕が殘っているのみだ。

抜歯器具と同じく、リング型器具にも治癒魔法が込められていた為だ。

「ハァッ、ハァッ⋯⋯ハァッ、ハァッ⋯⋯」

ムータロの顔から徐々に赤みが引いていき、呼吸も平靜になっていく。

今の彼にとっては、四肢が切斷されたということよりも、苦痛から解放されたことが大きかった。

そんなムータロの顔を優しく撫でるキリエ。

「今日の処置は終わりだよ。頑張ったじゃん⋯⋯」

それはまるで不出來な弟を労わる姉のような聲音。

この聲だけを聞けば、ムータロにかような恐ろしい処置を施した処刑官とはとても思えない。

キリエに優しく撫でられながら、極限の苦痛から解放されたムータロの意識は心地よい眠りの闇へと墮ちていく。

初めに注射された鋭敏剤も効果がほぼ切れていた。

キリエはムータロの拘束帯を外し、眠りへ落ちつつある彼を、まるで我が子のように胸に抱きかかえると、そのまましばし、その寢落ち寸前の顔を眺める。

そうしているとふいに、下腹部方面からの衝動がこみ上げてくる。

可愛い寢顔⋯⋯。

この子はもう、私なしでは何もできない。

歩くことも、道具を使うことも、舌を噛み切ることも。

だから、全部私が面倒見てあげる。

たくさん処置して、たくさん泣かせて、たくさん世話を焼いて、たくさん甘えさせて、キミの世界を私だけにしてあげる⋯⋯。

下腹部から脳髄に迫り上がる閃光のような快感。

ピッグスを胸に抱いた美貌のエリニュスの灰色の瞳は今や赤く染まり爛々と輝いている。

美しく蕩けるその顔に、ふと一筋の赤い線が流れた。

(ん?)鼻から上唇に液體が流れる感覚。舌先で舐め取ると、鉄の味。

(う、やべっ、鼻血⋯⋯!)手近なガーゼで慌てて鼻血を拭き取るキリエ。

(いけない、いけない、興奮しすぎでしょ、私。クールダウンしなきゃ⋯⋯)瞑目して一呼吸。

再度目を開けた時には、その瞳は落ち著いたグレーに戻っていた。

(よし。さて、今日

はあとは受刑者拘留室ゲストルームに連れてってご飯つくって食べさせて⋯⋯と)これからの段取りを頭に描きながら、ムータロを抱いたキリエは処置室を出た。

Act.6 食事明るさで、目が覚めた。

天井に燈るシャンデリアの柔らかな白い光。

暑くもなく寒くもない、心地よい溫度。

仰向けに橫たわるムータロの背中を包み込むふかふかの感觸。

「あ、ムータロくん、起きた?」

レア魔獣の體毛をふんだんに使用した高級ベッドで目覚めたムータロに、部屋の端のキッチンにいたキリエが聲をかける。

「うっ、うぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!やっ、やめれっ、たふけれっっ!!!」

キリエの聲を聞いたムータロは半ば反射的に恐慌を來たす!

短くなってしまった手足をバタバタさせてベッドから転がり落ちる!

「ああっ、ほら危ないよ!大丈夫だから落ち著いて!」

駆け寄るキリエ。

床に丸まった防禦姿勢で震えるムータロ。キリエはその背中をフェザータッチで撫でる。

「大丈夫だよ⋯⋯今は刑の時間じゃないから。ね⋯⋯?」

「うぁぁぁぁっっ!ゆっ、ゆるひてっ!ああああああ!!!」

それでも恐慌の治まらないムータロ。

キリエは”仕方ないな”という顔でムータロを抱き上げると、ベッドに腰掛ける。

そして、あたかも授乳のごとく、そのブラウスの胸に泣きわめくムータロの顔を抱いた。

「ね、ほら、大丈夫⋯⋯怖くない⋯⋯」

さらに背中をさすって呼吸をなだめにかかる。

「さ、お鼻でゆっくり⋯⋯すぅーーーーっ、はぁーーーーっ⋯⋯すぅーーーーっ、はぁーーーっ⋯⋯」

キリエの胸で呼吸を繰り返しているうち、ムータロの恐慌は急速に引いていった。

あ、ああ、そうだ、きっと大丈夫なのだ。先ほどキリエも「今は刑の時間ではない」と言っていたのだし⋯⋯。

それにしても、キリエから香るこのえもいわれぬ心地よい芳香は何だろう⋯⋯まるで、嗅覚を通して脳神経を直接慰撫されているかのようだ⋯⋯「んすぅーーーーーっ⋯⋯んすぅーーーーーーっっっ⋯⋯んすぅーーーーーーーっ⋯⋯」

さらに呼吸を繰り返すうち、ムータロの心の一部が麻痺したかのように、抜歯と四肢切斷という無殘すぎる自分の狀態のことさえも、思考から追い払われていった。

代わりに心を佔めたのは、あたかも母に抱かれる赤子になったかのような安心感。

「ン、落ち著いてきたね。ところでムータロくん、お腹空いてるよね?」

「は、はい、はらぺこれしゅ⋯⋯」

自分でも驚くほどの「甘えん坊」的口調で答えるムータロ。

(お、おれはどうしちまったんだ⋯⋯なんかもう、このひとにぜんぶ身を委ねて壊されてもいい⋯⋯)「ふふ、キミは香りへの感受性が強いみたいだね❤︎」

ふいに、文脈の繋がらないことを言うキリエ。

「か⋯⋯かおり⋯⋯?」

意味が分からず聞き返すムータロ。

「ううん、いいの。何でもないよ。さ、ご飯にしよ!」

キリエはムータロ

をベッドに寢かせると、部屋の端のキッチンに行き、二つの皿と水差しひとつの乗った給仕カートを押しながら戻ってきた。

「今日のご飯は、コッカトリス肉ハンバーグとデビルロブスターのビスク、食後のデザートにココナッツミルクプリンだよ。あ、歯がなくても食べやすくしてあるから安心してね❤︎」

少女のような笑顔でキリエが言う。

彼女は料理好きだった。このムータロ用の食事ももちろん、彼女が精魂込めて作った手料理である。

キリエはベッドに腰掛けムータロを膝枕した。

「はい、あーん」

コッカトリス肉ハンバーグを一口よそったスプーンがムータロの歯のない口內へ差し込まれる。

ムータロの唇がそれを食むと、キリエがゆっくりスプーンが抜く。

ムータロは舌と上顎で咀嚼する。柔らかく調理されたハンバーグはたやすく潰れ、彼の口內にジューシーな肉汁がジュンワリと広がった。

(もにゅもにゅ⋯⋯ゴクン。ん⋯⋯んまい!これはまじでんまい!)「どう?口に合ったかな⋯⋯?」

少し心配そうにキリエが言う。

「は、はい、おいひいれひゅっ!ひゅんごくおいひいっ!」

ムータロは噓偽りなく本心から言った。

「そっか、よかった。たくさん作ったからどんどん食べてね❤︎」

キリエは、本當に嬉しそうに笑った。

Act.7 オムツの中ココナッツミルクプリンの最後の一口を食べ終えたムータロは、何年かぶりの満腹感を味わっていた。そして満腹感もさることながら、膝枕で準密著したキリエから香るえもいわれぬよい芳香が、ムータロをさらなるヘブン狀態へと誘っていた。満腹の至福感とその芳香とのコラボレーションは、ムータロの中にもう一つの本能的欲求を湧き立たせた。

下半身のある部位に血が集まり、それは徐々に屹立していく。そしてあたかも自らの意思を持っているかのように、彼の分身はオムツの前を突き破らんと激しく主張しはじめた。

キリエに悟られまいと、さりげなく體を橫にしてオムツの前を死角にしようとするムータロ。

しかし、処刑官として職務をこなす中で磨かれたキリエの観察眼は、ムータロの體のいかなる微細な変化も見逃すはずがなかった。

「そうだ、忘れてた。オムツ替えてあげるね❤︎」

にんまり笑ってキリエが言う。無論これは、ムータロの動揺や狼狽を観察するための、いじわるな意図的婉曲である!

そしてキリエの思惑通り、大いに狼狽するムータロ!

「も、もらひてないれふ!おひっこもうんこもでないでふ!おむつかえなくてだいじょうぶれふ!」

「本當に?事前処置のとき、あんなにいきんで泣いてたでしょう?」

「ほ、ほんとにだいじょうぶれふぅ⋯⋯!あっ、あっ、やめてくらはい!」

「ふふ、だーめ。ほら、オムツの中見せてごらん!」

嫌がってベッドの上を這って逃走するムータロをふんづかまえ、無理やりオムツをひっぺがすキリエ!

「ほらぁ、やっぱりうんちが漏れちゃってるじゃない。それ

に⋯⋯あらあら、これはどうしたのかなぁ。大きくなって、ピクピクしてるよ❤︎」

「うぅぅ⋯⋯あぁぁぁ⋯⋯ご、ごめんなふぁい⋯⋯うっ、うっ⋯⋯」

堪え難い羞恥と、キリエを怒らせてしまったのかもしれないという恐怖で泣き出すムータロ。

そんなムータロの頭をキリエは優しく胸に抱き寄せる。

「いいよ⋯⋯。男の子だもんね。」

優しい聲音で言う。続けて、「私に欲情したの?」

ストレートな問い。

「は、はい⋯⋯」

ムータロは素直に答えた。

「私のどこに?」

「ひ、ひざまくらで、ず、ずっと、いいにおいがひてて⋯⋯おなかいっぱいでかいでたら、お、おれ、なんかきもひよくなって⋯⋯」

恥ずかしそうに答えるムータロ。

「そっかぁ⋯⋯膝枕でいい匂いがして、それが良かったんだ。ふーん⋯⋯」

「じゃあ、素直に答えたご褒美に、明日はすごくいいことをしてあげる。楽しみにしてなさい❤︎」

今日はもう寢なさい。事前処置を頑張って疲れたでしょう。

そんな言葉をかけて、キリエはムータロを寢かしつけた。

Act.1 無力”管理局”の地下七階、処刑官キリエ専用フロア。

そのフロア內の一室、”受刑者拘留室ゲストルーム”。

レア魔獣の體毛をふんだんに使用した高級ベッドで目覚めたムータロ。

オムツ一丁の裸身である。

彼はすぐに、あることを確認するために腹筋で體を起こした。

確認結果は殘酷だった。

その両腕はあまりにも短かった。

そしてその両腳も、あまりにも短かった。

「あ、あああ⋯⋯」

肩を震わせて失望のうめきを漏らすムータロ。

夢では無かったのだ。

彼の四肢は両肘上と両膝上で切斷されていた。

昨日、処刑にあたっての”事前処置”として、”ムータロを管理しやすく”するために、処刑官キリエによって切斷されたのだ。

管理局に捕らえられた以上、自分が生還することはない。

そういう意味では、もう失うものなどないのだ。

それでもしかし、レジスタンスとして長年にわたって鍛え上げた肉體がこのような無殘な狀態にされたことに対して、ショックを受けずにいることはできなかった。

例えば萬が一、本當に萬が一だが、管理局から生還できたとしよう。

だとしても、この體で一體どう生きろというのだ?

朝起きて、顔を洗う。

服を著て、カップの水を飲む。

排便し、尻を拭う。

掃除する。歩く。體を洗う。料理する。食う。

そんな當たり前の動作が、自分にはもう二度とできないのだ。

心を侵食してくる絶望感。

だめだ、飲まれてはならない。

ムータロは絶望への哲學的論破を試みる。

⋯⋯俺は未來への希望を捨てきれていない。きっとそれがよくないのだ。

俺が管理局から生還することはない。未來などないのだ。未來がないのだから、未來へ絶望など無意味だ⋯⋯。

(それに、俺はレジスタンス、ムータロ⋯⋯!手足を失った程度で戦いをやめるわけにはいかない⋯⋯⋯!)そうだ、絶望など時間

の無駄だ。

命ある限り最善を盡くすのみ。それ以外は自分には不要だ。

さあ、まずはキリエ不在と思われるこの隙に、部屋の中を見て回り、わずかでも一矢報いるチャンスが無いかを探るのだ。

決斷的に負の感情を放棄したムータロは、目に力を入れ、腹ばいになり、ベッドの上を這って進み、縁から床に降りようとした。しかし、そこにひとつの問題が立ちふさがった。

(こ、このベッド⋯⋯!)ベッドが高いのだ。

おそらく1.5メートルほどはあるのではないだろうか?

昨日はこれほど高くはなかったはずだが、どうやら腳の高さを調節できるタイプらしかった。

確かに、身體機能を失った受刑者を寢かせるという前提で考えてみれば、そういった介助機能がついていても不思議ではない。

例えば昨日のように膝枕で食事をとらせるようなときは低くでき、看病や介抱、その他の世話をするときは看護者の身長に合わせて高くできるのだろう。

(こっ、このおせっかい機能ベッドめ! どうする、降りれるか⋯⋯?)例え五體満足だったとしても、身長90センチのちんちくりんのピッグスであるムータロでは、この高さではジャンプして降りることになるだろう。ましてや手足を失った今、それはことさら難事であった。

通常、高いところから降りる時というのは、何かにつかまりながら足の方から體を下ろし、可能な限り高さを殺してから飛び、腳を使ってうまく衝撃を和らげるものだ。

だが、ムータロはもう何かにつかまることはできない。

衝撃を和らげる腳もない。

ではどうする?こうだ。ギリギリまでベッド上に重心をキープし、そこからダイブする。そして受け身をとって可能な限り軟著陸するのだ。

(慎重に⋯⋯足のほうからゆっくりとだ⋯⋯)ベッド縁でギリギリの重心移動を行うムータロ。

(もう少し、もう少しだ⋯⋯よし。ここから飛ぶぞ⋯⋯!)ムータロが意を決して飛ぼうとした瞬間だった。

ズルリッ!

ベッドの高級素材のなめらかさが災いし滑るムータロ!

そのまま足のほうから1.5メートル下へ落下!

(ッ! しまっ⋯⋯!)ズゴシ!

切り株めいたムータロの腳斷面がもろに石床に激突!

「くぁぁぁぁぁーーーっっ!!!!」痛恨!

硬い石床に腳の斷面を強打したのである。尋常な痛みであるはずがない。

(ぐぁーーーーっ! いっ、いでぇーーーーっっっ!)思わず歯を食いしばって耐えようとするムータロ! しかし、ぶにゅっ。

(あれっ???)予期した硬質な感觸は無く、代わりにぶにゅっと柔らかい感觸。

そうだった、手足に気を取られて忘れていたが、自分にはもう⋯⋯(⋯⋯食いしばる歯もないんだった⋯⋯)四肢と同じく、昨日の事前処置で歯も全て抜かれていた。

噛みつきによる抵抗や舌を噛み切っての自殺を防ぐためだ。

四肢切斷、そして全抜歯。

あまりにも無殘で無力な現実を、痛みを伴って再認識させられたムータロ。

心の堤防が脆くも

決壊し、氾濫する泥色の洪水めいて感情がせりあがる。

「ひぐっ⋯ひぐっ⋯あああ⋯⋯あっ、あああああああっ!!!! あああああああああああああっっっ!!!!!! うああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!」

冷たく磨かれた石床に寫った自らの顔に向かって、震えながら絶望の嗚咽をあげるムータロ。

いっそのこと、先ほど頭から落ちてしまえばよかった。そうすれば今頃はもう全てから解放されていたかもしれない。そんな考えすら胸をよぎる。

その時だった。

「ムータロくーん、おはよー❤︎」

ビクゥ!

部屋入り口方向から聞こえたその聲を聞いて、ムータロの體は反射的に強張った。

ムータロをこのような絶望に突き込んだ張本人。

拷問の女神キリエ、入室である。

Act.2 首輪とブーツキリエ。

希少種エリニュスであり、ムータロを擔當する管理局の処刑官である。

2メートルを超えているであろう細身の長身。

その3分の2を佔めるに迫る長く形の良い美腳。

くびれた腰つき。キュッとしたお尻。

骨格自體が細いため痩せているように見える胴體。控えめな胸。

しなやかで柔らかそうな腕。長い指。

小ぶりな頭部。12頭身ほどあるだろうか。

白皙の小顔。涼やかな目元、グレーの瞳。細く筋の通った鼻。尖った耳。小さく整った赤い唇、艶黒子。

ポニーテールにまとめられた、美しい黒髪。

そしてその身に纏う異裝。

フロント編み上げタイプの、黒いタイトフィットの魔獣皮製サイハイブーツ。踵はシルバーのピンヒール。

黒のガーターストッキング。太もも部分に赤い十字があしらわれている。

黒いタイトフィットの魔獣革製コルセットと、それに付屬した黒のプリーツマイクロミニスカート。

白い上品なブラウス。その両肩に赤い十字の刺繍。

首元を飾る、細身のフェミニンな赤いリボンタイ。

黒いタイトフィットの魔獣革製ロンググローブ。

ナースキャップのようなデザインの小さめの魔獣皮製帽子。前面には赤い十字マーク。

そんなこの世のものとは思えぬ外見の彼女だが、ベッド下でうずくまるムータロを見るなり、意外なほど普通の女子な口調でこう言った。

「ちょ、ムータロくん、大丈夫? どうしたの?」

「よ、よっと(ちょっと)へやをはんぽ(さんぽ)ひようと⋯⋯」

事前に準備していた言い訳を言うムータロ。

歯が全て抜かれているためフガフガの口調である。

言い訳の內容に噓はない。

そしてムータロは、キリエという処刑官は刑の時間とそれ以外をきっちり分けるタイプだと踏んでいた。

だからこそ部屋の中を探索しようという気になったのである。

それでもやはり、どんなリアクションが返ってくるか少し不安ではあった。

だが、言い訳を聞いたキリエは、心配するムータロをよそに、なぜか感心したようにこう言った。

「そうなんだ⋯⋯。偉い子だよ、ムータロくん。私に言われないうちから四足歩行の訓

練を自ら始めるなんて⋯⋯」

(ん、四足歩行? それは一體⋯⋯)キリエが発したそのワードに何やら不穏な響きを感じ取るムータロ。

そんなムータロの內心の動揺を知ってか知らずか、さらにキリエは感極まったように手で鼻と口を覆う。その姿はあたかも、不出來な生徒の更生に感動する若い熱血女教師のようであった。

「ムータロくん、キミの気持ち、受け取ったわ!今日は四足歩行訓練から始めましょう!道具を持ってくるから、ここで待っててね!」

ま、まずい。何だか知らんがキリエをすごくやる気にさせてしまったようだ。

出入り口のドアが閉まるのを見屆けつつ、ムータロは冷や汗を流して後悔した。

再び部屋に一人。

どうする?部屋の探索をするか?

いや、やめておこう。

キリエは先ほど”ここで待っててね”と言って出ていったのだ。

戻ってきたときにここで待っていなかったら彼女の機嫌を損ねてしまう恐れがある。

そして先ほどの張り切った様子からすると、すぐに戻ってきそうな気配もある。

やはりここはおとなしく待つのがベターだろう⋯⋯† † †「お待たせー❤︎」

果たしてムータロの予期どおり、ものの數分とかからずキリエは戻ってきた。

その手には、黒い魔獣皮革とシルバーのチェーンでできた何かが攜えられている。

「ほ⋯ほれは⋯⋯⋯?」

不安げに見上げて問うムータロ。

「これ? ”四足歩行訓練用”の首輪だよ。さ、つけてあげるね❤︎」

そう言うと、ムータロに手際よく首輪を裝著!

首輪はかなりタイトで、つけているだけで顔面に軽いうっ血を感じるほどだ。

思わず聲を漏らすムータロ。

「くっ、くうぅ⋯⋯!」

キリエはそんなムータロの様子を見下ろして微笑む。

「うん、サイズぴったりだね。あと、”四足歩行”しやすいように、オムツは取っておくね」

そう言ってキリエはムータロのオムツに手をかける。

オムツには排洩物が付著しているが、さして気にした様子もない。

キリエは淡々と手に取ってそれを丸めると、部屋の隅のダストボックスに廃棄した。

「それじゃ最後に⋯⋯っと」

キリエは、ムータロの首輪から伸びるシルバーのリードを、自身の魔獣皮製サイハイブーツの左膝のあたりに接続!

「よし、準備完了! ふふ、それじゃ行こっか❤︎」

部屋の出口へ歩き出すキリエ。

ムータロは四足歩行で遅れないようについていく。

少しでもキリエの腳への追従が遅れると、リードが張って、首輪で頚動脈が締まってしまうのだ。

長身美女の足元でせわしなく四足を動かすムータロ。

その姿は、さながら小型犬のようであった。

Act.3 四足歩行受刑者拘留室ゲストルームを出ると、そこは長い廊下だった。

石造りで、長さは百メートル弱か。いくつもの金屬扉が並んでいる。

中程には左に直角に折れる分岐道があるので、全體としてはT字型の作りをしている。

この廊下には見覚えがあった。

昨日自分はこ

の廊下を、移動式拘束架でキャリーバッグのように引かれて、T字の左翼側の一室、”処置室”へと連行されたのだ。そしてどうやら今まで自分がいたのは、T字の最右翼部分の部屋だったようだ。

キリエが廊下を歩き出す。彼女の歩みに合わせて、ムータロは小型犬めいたせわしさで両手足を動かして付いてゆく。

廊下を進むにつれ、ムータロの歩みがわずかに遅くなる。

歩き始めたばかりである。もちろん疲労ではない。

ではなぜか?

理由は、ある部屋に近づいていっていることにあった。

そう、”処置室”である。無麻酔かつ鋭敏剤使用の上での四肢切斷&全抜歯という苛烈な処置がつい昨日おこなわれた部屋である。そこに近づく歩みが遅くなるのは、無理からぬことではあった。

「大丈夫だよ。処置室には行かないから❤︎」

首輪からリードを通して左足のブーツに伝わるムータロの歩行のためらいを察し、キリエが顔を前に向けたまま獨り言のように言った。

キリエの言葉にホッとするムータロ。同時に、見透かされていることへの恐れと屈辱を感じる。

だが自分の心に構っている時ではない。

とにかく今は、キリエの歩行ペースに確実について行く。そして反撃のチャンスを探るのだ。

処置室を過ぎ、他のいくつかの部屋の前を過ぎ、やがてT字型廊下の最左翼部分の扉の前に到著した。

キリエが操作すると、扉が重い音を立てて開きはじめる。

ゴゴゴゴゴゴ⋯⋯扉の向こうは、また廊下になっていた。かなり長い直進だ。突き當たりまで二百メートルほどあるのではないだろうか?天井の蛍光魔力燈が、磨かれた石床を等間隔に照らしている。

「さてと。それじゃここからは四足歩行訓練コースだからね。一生懸命私について來るのよ❤︎」

† † †訓練コースを歩き出すキリエ。先ほどまでよりも速度が速い。

ムータロは四足歩行の回転數を上げる。

腕腳の斷面に觸れる石床が冷たい。

四つ足の狀態で前を向くためには顔を上げていなければならないため、首と肩の筋肉が辛い。

(く、これは想像以上にきつそうだ⋯⋯)ムータロは心の中で獨りごちる。

直進すること二百メートルほど。

突き當たりを左折すると、また長い直進だった。

その突き當たりを右折すると、またまた長い直進。

その突き當たりを右折すると、これまた長い直進。

その突き當たりを左折し、やはりこれも長い直進。

その突き當たりを左折すると、今度も長い直進。

その突き當たりを右折、ああ、また長い直進⋯⋯!

その突き當たりを⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯。

† † †開始から三十分が経過した。

(くそ⋯⋯また同じ景色⋯⋯いつ終わるんだ⋯⋯⋯!?)繰り返される単調さは徐々にムータロの精神を苛んでいく。

「ハァッ、ハァッ、ハァッ、ハァッ⋯⋯!」

ムータロは息が上がってきている。床に當たる腕腳の斷面も痛む。

しかしキリエについて行くためには四足歩行の回転を緩めることは

できない。

もし倒れ込んだりして彼女の歩みを亂そうものなら、一體どんな罰を受けるか分からない。

(くそ、おれは怯えているのか? このエリニュスに罰を受けることを?)自問するムータロ。

(いや、違う、今はあえて従順にしているだけだ。反撃の糸口を摑むために⋯⋯!)自答するムータロ。

だがすぐに、思考を振り払って四足歩行に集中し直す。

キリエのペースはかなり速い。というより、ストライドが異常に長いのだ。

したがって、彼女にとってはちょっとした早足程度であっても、ムータロとしては、かなりせわしないピッチでの四足歩行、いや”四足走行”を強いられることになる。

もうひとつ苦しいのは、「ムータロの首輪がキリエの左足サイハイブーツに短いリードで接続されている」という點だ。

キリエは當然二足歩行なので、両足を交互に前に出す。キリエの歩行を亂さないようにそれについて行くためにムータロは、彼女が左足を前に出す際はスピードを速め、右足を前に出す際はスピードを緩めなければならない。

一定のペースを許されないというのは、長時間の持久性運動にとって致命的である。

そしてそれに加えキリエは、歩行ペースアップダウンの波をムータロが體で覚えることができないよう、時々わざと歩調を亂したりもするのだ⋯⋯!

† † †開始から四十五分が経過。

繰り返される同じ光景。長い直進と右折と左折。

キリエの歩くスピードは相変わらず速い。

ムータロは懸命に食らいついていく。

ゼッ、ハッ、ゼッ、ハッ、ゼッ、ハッ、ゼッ、ハッ、ゼッ、ハッ⋯⋯!

突き當たり、左折、直進。

ゼッ、ハッ、ゼッ、ハッ、ゼッ、ハッ、ゼッ、ハッ、ゼッ、ハッ⋯⋯!

突き當たり、右折、直進。

ゼッ、ハッ、ゼッ、ハッ、ゼッ、ハッ、ゼッ、ハッ、ゼッ、ハッ⋯⋯!

突き當たり、右折、直進。

ゼッ、ハッ、ゼッ、ハッ、ゼッ、ハッ、ゼッ、ハッ、ゼッ、ハッ⋯⋯!

突き當たり、左折、直進。

ああ、一體いつまで「突き當たって折れて直進」を繰り返せば良いのだろう!

(くそったれが⋯⋯! どこまで続くんだよ、この、くそ廊下っ⋯⋯!)鍛え抜いた心肺機能には絶大な自信を持つムータロだが、それでも徐々に、じわじわと、確実に限界が近づいてきているのを感じていた。

キリエの歩行が止まる様子は、一向にない。

† † †開始から一時間が経過。

(く⋯⋯くるしい⋯⋯もうこれ以上⋯⋯で、出口は⋯⋯まだかよ⋯⋯⋯⋯!?)ムータロの呼吸はいよいよ淺く早く、歯のない口からは泡を吐き散らし、心臓は早鐘のように耳元で鳴り響いている。

すでに體力は限界に達し、もはや気力のみで四足歩行を続けているような狀態だった。

今度こそ、あの突き當たりを折れれば出口の扉が見えるのではないか?

何度もそう思い、その度に同じ景色に失望してきた。

いま彼の気力を支えているものは何か?

レジスタンスのプライドか?

生來の負

けん気か?

反撃の意思か?

それともやはり、(俺はキリエこいつが怖い⋯⋯のか?)† † †開始から一時間十五分が経過。

ここまで懸命に食らいついてきたムータロ。

だが、ついにその時は來た。

極限の心肺的苦痛が、キリエへの恐怖を上回ったのだ。

(も、もう⋯⋯だめ⋯⋯)ズシャァッ!!

ムータロは顔面から倒れこんだ。

全身に汗と血管を浮き立たせ、うつ伏せで顔をしかめて苦しげに息をする。

「ハヒュッ、ハヒュッ⋯、ガヒュッ! ハヒュッ! ハヒュッ⋯⋯!」

束の間の休息。

それはすぐに、激痛とともに破られた。

ビュッ! という風を切る音が聞こえたと思った次の瞬間、ビシィッッッッ!!!!!!!

「アッ、ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっっ!!!!!!!!」

うつ伏せの尻に走る激烈な熱感にムータロは絶叫!

海老反りになって天を仰ぐと、そこには怒りに燃えて見下ろすキリエの赤い瞳!

そして彼女の左手にいつのまにか握られているのは魔獣馴致用ライディングウィップ! これが今の激痛の正體か!

「誰が休んでいいって言ったのかな? ほら、立ち上がるまで鞭を入れ続けるわよ!」

キリエの殘酷な宣告!振り下ろされる鞭!

ビシィッッッッ!!!!!!!

「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっっ!!!!!!!!」

バシィッッッッ!!!!!!!

「むぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっっ!!!!!!!!」

ズビシィッッッッ!!!!!!!!!

「ほぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーー!!!!!!!!」

ズバシィッッッッ!!!!!!!!

「んきぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃーーーーーー!!!!!!!!」

キリエは無慈悲に鞭を連打!

ムータロは打たれるたびに海老反りになって多彩な絶叫!

嵐のような鞭の中、それでもムータロは少しずつ息を整え、やがてなんとか四足で立ち上がる!

それをムータロの訓練続行の意思と認め、キリエは鞭嵐を止めた。

「さ、続けるわよ」

鬼コーチめいたキリエの端的で冷酷な宣告。

「ぜひゅっ、ぜひゅっ、かひゅっ、はひゅっ⋯⋯!」

息を整えるのにいっぱいいっぱいのムータロ。

「返事は!?」

「はっ、ハイィッ!」

キリエは歩行を再開!

ムータロは彼女の左腳の動きに集中して一生懸命四足歩行でついていく!

そして再び繰り返される「突き當たって折れて直進」地獄!

直進、突き當たって右折。直進、突き當たって右折。直進、突き當たって左折。

直進、突き當たって左折。直進、突き當たって右折。直進、突き當たって右折。

直進、突き當たって左折。直進、突き當たって右折。直進、突き當たって左折。

直進、突き當たって右折。直進、突き當たって⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯。

† † †訓練再開から十五分。

(やっぱ⋯⋯も、もう⋯⋯だめ⋯だ)ズシャァッ!!

ムータロはまたしても顔面から倒れこんでしまった。

鞭傷だらけの無殘な背中を曬しながら、うつ伏せで顔をしかめて苦しげに息をする!

「ハヒュッ、ハヒュッ⋯、ガヒュッ! ハヒュッ! ハヒュッ⋯⋯!」

束の間の休息。

それはまたしても激痛とともに破られた。

ビュッ! という風を切る音が聞こえたと思った次の瞬間、ビシィッッッッ!!!!!!!

「アッ、びゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっっ!!!!!!!!」

うつ伏せの尻に走る激烈な熱感にムータロは絶叫!

デジャビュ的な何かを感じながら海老反りで天を仰ぐと、そこにはやはり、怒りに燃えて見下ろすキリエの赤い瞳!

そして彼女の左手に握られているのはやはり、魔獣馴致用ライディングウィップ!

「2回目だよ? そして何、まるで背中を打ってくださいと言わんばかりのその海老反りは? だめよ、今度はもっと痛いお腹側を打ってあげる!」

キリエの殘酷な宣告!

そしてうつ伏せのムータロを爪先で仰向けにひっくり返し、その首をピンヒールと土踏まずの隙間に挾んで固定!

オーバーハンドから振り下ろされる鞭!

ビシィッッッッ!!!!!!!

「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっっ!!!!!!!!」

バシィッッッッ!!!!!!!

「むきぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっっっっっっ!!!!!!!!」

ズビシィッッッッ!!!!!!!!!

「ほぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーー!!!!!!!!」

ズバシィッッッッ!!!!!!!!

「ぶひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃーーーーーー!!!!!!!!」

キリエは仰向けのムータロの無防備な胸と腹に無慈悲に鞭を連打!

切斷された手足ではそれを防禦することも葉わず、ムータロは多彩な絶叫!

嵐のような鞭に悶絶しながら、それでもムータロは少しずつ息を整え、やがて四足で立ち上がろうとする動きを見せた。それをムータロの訓練続行の意思と認めたキリエは、鞭嵐を止め、ピンヒールの靴底からムータロの首を解放した。

「次は無いわよ」

鬼コーチめいたキリエの端的で冷酷な宣告!

「はっ、ハイィッ!」

キリエは歩行を再開!

ムータロは彼女の左腳の動きに集中して一生懸命四足歩行でついていく!

そして再び繰り返される「突き當たって折れて直進」地獄!

直進、突き當たって右折。直進、突き當たって右折。直進、突き當たって左折。

直進、突き當たって左折。直進、突き當たって右折。直進、突き當たって右折。

直進、突き當たって左折。直進、突き當たって右折。直進、突き當たって左折。

直進、突き當たって右折。直進、突き當たって左折。直進、突き當たって右折。

直進、突き當たって右折。直進、突き當たって⋯⋯⋯⋯† † †⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯幾度繰り返したことだろう。

いつしかムータロは心肺の苦痛が消え去り、不思議な感覚に包まれていった。

キリエの腳以外が視界からブラックアウトしていく。そして動きが

やたらとスローモーションに見えてくる。

自分の體の感覚が無くなり、その代わりに、キリエの腳を包むサイハイブーツの心地よいフィット感や、ヒールを通して踵に伝わる石床の感觸が、あたかも自分の感覚であるかのように感じられてきた。

まるでキリエの腳と自分が一體化したかのようだった。

キリエの腳がもはや自分であり、自分がもはやキリエの腳だった。

今までの苦しさは一體なんだったのだろう。

ムータロはもう、このまま何時間でも四足歩行できそうに思えた。

しかし、処刑官の見解は違っていた。

(四足歩行恍惚狀態ランナーズハイに入ってるわね。このあたりが限界かな)キリエは直進の突き當たりで歩みを止めた。

そして突き當たった壁に向けて手をかざす。

すると、ただの壁に見えていたところに扉が出現し、右折路に見えていたところがただの壁になった。

これは一體いかなることか?

実はこの”訓練コース”はもともと、ただの一直線の行き止まりの廊下であり、それが幻覚魔術の結界によって”突き當たって折れて直進”に見えていたのである!

つまり、最初からゴールなど無かったのだ。

受刑者がギブアップするか、キリエのほうから切り上げるまで終わることのない刑だったのである。

そして今回の場合は後者であった。

(ああっ、もう、めっちゃ頑張るじゃんこの子。なんかますます可愛くなってきちゃったじゃない!)ゴゴゴゴゴゴゴ⋯⋯⋯⋯重い音を立てて、扉が開いていく。

開いた先はもちろん、もとのT字型廊下だった。

開始から二時間。

地獄の四足歩行訓練、”突き當たって折れて直進”は、受刑者の勝利で終了した。

Act.4 治癒術「よく頑張ったじゃん。限界まで走りきった子は久しぶりだよ❤︎」

嬉しそうに褒めるキリエ。

その足元には、全身を鞭傷だらけにし、苦しげに喘鳴を上げるムータロ!

四足歩行恍惚狀態ランナーズハイが解けたことで、極限の心肺的苦痛および鞭傷の痛みがぶり返しているのだ。

「ゼヒュゥッ、ゼヒュゥッ⋯! ゴホッ、ゴホッ! ゼェッ、ゼェッ、ゼェッ⋯⋯」

「いいよ、待っててあげるからゆっくり息を整えなさい」

四足歩行訓練時の鬼コーチ的厳しさは消え、再びいつものフランクな女子の口調に戻っている。

「ハァッ、ハァッ、ハァッ⋯⋯ハァーッ⋯⋯スゥーッ⋯⋯」

息を整えるムータロ。

まだまだ苦しいが、だいぶ落ち著いてきた。

ところで、キリエは先ほど、”限界まで走りきったのは珍しい”旨のことを言っていた。ならばそもそも、ここまで無理して走る必要などあったのだろうか?そんな思いもよぎる。だが、続くキリエの言葉でその思いは打ち砕かれた。

「本當によかったわね。だって限界まで走らなかったら”処置室”行きだったもの❤︎」

「ゲフォォッ!!!!!! ゲホッ、ゲホッ!!!」

”処置室”というワードを聞いた途端、再度呼吸を亂すムータロ!

「あはははっ、そ

んなに処置室が怖いんだ。。。ごめんごめん、せっかく落ち著いてきたところだったのにね❤︎」

† † †そして數分後。

ムータロの息が整うと、キリエは彼の首輪を外し、自らのブーツのリードも接続解除した。

「さて、治癒魔術を使うから、動かないでね」

四足歩行訓練を終えたムータロの全身はいまや、鞭傷の無い場所を探す方が難しいほどの狀態であった。嵐のような鞭によって皮膚は破れ、血と組織液が滲み出し、場所によっては筋肉まで露出している有様だ。それでも致命的な血管や神経が無傷だったのは、ひとえにキリエの卓越した鞭スキルによるものだった。

瞑目して呼吸を鎮め、治癒魔術の詠唱を始めるキリエ。

慈悲深き<フローレンス>よ私に其の力を貸し與え給え⋯⋯凜とした冷たさと、どこか少女のような柔らかさの同居したキリエの聲質。

ちなみに<フローレンス>とは、この世界で広く伝統的に信仰されている宗教における七神のうちの一柱で、醫療、治療・治癒を司る女神だ。聖典によれば、彼女は古き世界で起きた大いなる災いの際、卓越した治癒魔術で多くの人々を救った。その後は魔術を使えぬ民のために物理的醫療技術の研究にも盡力した。そして死後、神の一柱に迎えられたとされている。

この世界で育った者の例に漏れず、キリエも幼い頃から聖典を読み、七神の物語に少女の心を躍らせたものだ。その七神の中で特にお気に入りだったのが、自分と同じく治癒魔術を使うフローレンスだった。

そんなキリエの纏っている裝いには必然、醫療の神フローレンスの象徴たる”赤い十字”の意匠が盛り込まれている。

⋯⋯其の癒しの火よ、我が捧げ持ちし誓いの燭に宿り給え!

詠唱を終えると同時に、胸の前で何かを捧げもつようにして組んだ掌上に、キャンドルめいて光り揺らぐ魔力塊が謎の風圧とともに発生!そしてそれは赤く輝く魔力粒子狀に徐々に分解し始め、キリエの手を流れるように包み込んでいった!

キリエは、ムータロの上にかがみこみ、彼の傷に手を當てる。

赤く輝く魔力粒子が傷口に流れ込んでいき、それらが新しい赤い血肉となってムータロの傷を塞いでいく!

「あああ⋯⋯ああああ⋯⋯」

治癒魔術が傷に流れ込む、その溫かく優しい感覚に安息のあえぎを漏らすムータロ。

そうやってキリエは、ムータロの體の傷の深い場所から順々に”手當て”していった。

† † †「ン、こんなもんかな」

治癒魔術を終えたキリエはふうっ、と額の汗をぬぐう。

そして、傷の治癒具合を確認する。その眉根がわずかにしかめられた。

ムータロの體には鞭痕の痛々しい引き攣れや、赤く盛り上がったミミズ狀痕が殘ってしまっていたのだ。

キリエの治癒魔術は現存するエリニュスの中では最高クラスに違いないし、そもそも治癒魔術を使える者自體が少ない。しかしそれでも、幼い頃の自分が描いていた理想、フローレンスに程遠い自分の治癒魔術に対しては、未

だ使うたびに一抹の失望を禁じ得ない。

「あーあ、痕が殘っちゃったね⋯⋯」

しゃがみこんでムータロのケロイド痕を指先で弄ぶようになぞりながらキリエが言う。

「でも、これはこれで嬉しいよ。だって、キミが頑張ってくれた証がその體に殘るって事だもんね」

そう言うと、キリエは仰向けのムータロの頭頂部のところの床にぺたんと女の子座りした。そしてその膝にムータロの頭を抱き寄せる。そうすると、ちんちくりんのムータロの體はキリエの長い大腿部の間にすっぽりと収まってしまった。

「本當に頑張ったじゃん⋯⋯。私はキミができる子だって分かってたよ❤︎」

ムータロのソリッドな四角い顎を撫でながらキリエが言った。

「はい⋯⋯がんばりまひた⋯⋯」

準密著したキリエから香る獨特の甘い香りを嗅ぎながら、ムータロは自分でも驚くほどの”甘えん坊的”口調で答えた。

昨日もそうだったが、このように近くでキリエの香りを嗅いでいると、なぜかそうなってしまうのだ。

そのまましばし、ピロートークめいたささやき合いを続ける二人。

四足歩行訓練は辛かった⋯⋯? はい⋯⋯。

鞭は痛かった⋯⋯? いたかったでふ⋯⋯。

そっか⋯⋯はい⋯⋯。

でも頑張ったじゃん⋯⋯がんばりまひた⋯⋯。

キリエのロンググローブ越しの長い指がムータロの額を優しく撫でる。

ヘブン狀態に誘われていくムータロ。

數分ほどそうしていただろうか。

「よっ⋯と」

ムータロを胸に抱くと、キリエはそのまま立ち上がった。

そして、母親が赤ん坊をあやすような優しい口調で言う。

「じゃ、そろそろ次の刑にいこっか⋯⋯」

ビクゥッ!

その言葉に、胸の中のムータロが一瞬體を震わせた。その潤んだ目で、何かを哀願するようにキリエを見つめてくる。

キリエは、受刑するピッグス達のこんな目が大好きであった。

特にムータロは、くりっとした顔に大きな瞳で愛らしい。

(ああっ、もう!可愛いんだから!)「どうしたの?私の刑が怖いの?」

キリエが眉をハの字にした心配顔で問う。

「はい⋯⋯こわいでふ⋯⋯ううう⋯」

すっかり幼子のような顔と口調で、ムータロは答える。

「大丈夫だよ。次の刑はきっと辛いことじゃないから」

「ほ、ほんとに⋯⋯?」

「うん、ほんとだよ。だから、ね、いい子にしようね⋯⋯❤︎」

ムータロはキリエのブラウスに顔を埋め、か細く震えだした。

ムータロを胸に抱いたまま、キリエは歩き出した。

そして、T字型廊下の左翼側に並んだ扉のうちの一つの前で立ち止まる。

この部屋を使うのは久しぶりだ。

キリエは扉の前で、これからこの部屋でおこなう刑について思いを巡らす。

(久しぶりに”授香”したいって思える子に出會えたよ⋯⋯。ねえムータロくん、キミはどんな風に狂ってくれるのかな?)胸の中のムータロはまだ、ブラウスに顔を埋めて震え続けていた。

Act.5 クイーンベスプ「ふふ、この部屋を使うの

はひさしぶりだな❤︎」

そう言うとキリエは、胸に抱いたムータロをそっと絨毯に下ろした。

キリエとの準密著狀態が解けたことで彼女の香りが弱まる。

それによって若干正気が戻ってきたムータロは深呼吸を繰り返す。

「スゥーーーッ、ハァーーーッ、スゥーーーッ、ハァーーーッ⋯⋯」

(う⋯⋯こ、この部屋は⋯⋯?)やがて十分にクリアな意識狀態が戻ったムータロは、狀況を探るべく室內を観察した。

広さは5メートル四方ほど。こじんまりとしている。

床は暗い赤の長毛絨毯。同じく暗い赤地の壁には、古代文字によると思しき呪術的文様。天井のシャンデリアと壁掛けの燭臺が、暗く室內を照らしている。

靜謐さと不気味さ。ゴシック的アトモスフィア。

そして部屋の中央には、椅子的形狀の物體が床から生えていた。

そう、「生えていた」と形容したくなるような、奇妙な曲線的デザインと有機的質感。

座部の高さからするとエリニュス専用に設計されたものだろう。

奇妙なのは、座部が「円弧の下4分の1狀」の形をしており、そのまま座っては尻がずり落ちそうに見える。

さらに、座部前方から中央にかけた股間のあたりに丸くスペースが空いており、球體狀の何かをそこに嵌め込んで締め付けるような作りになっている。そして座部下方は、「カーブした脊椎とそれを囲む肋骨」もしくはある種の食蟲植物──獲物が止まると葉が閉じられるタイプの──を連想させる捕獲拘束裝置のような作りになっていた。

ムータロは推測する。

これが椅子だとするならば、座るのは當然キリエであろう。

そして座部下方のあれが捕獲拘束裝置であるならば、拘束されるのは當然自分であろう!

それに拘束されたならば、裝置の作り的に見て、自分の顔は座部の股間の丸いスペースから”こんにちわ”することになるだろう!

そしてそこにキリエが座るのならば、自分の顔面はキリエのスカートに覆われ、彼女の股間にタイトに埋め込まれてしまうことになるだろう⋯⋯!

(な、なんだ、この椅子は⋯⋯! くそ、一體何をするつもりなんだ!)と、そこで、背後にそびえるキリエの気配がやけに靜かなことに気づいてハッとするムータロ。

振り返って見上げると、にやけた瞳がこちらを見下ろしていた。

勘だが、おそらくキリエはわざとムータロに部屋を観察する時間を與えたのだろう。

あの椅子の用途をムータロに自分で気づかせるために。

そして、用途に気づいた時のムータロの様子を見るために。

「ねえムータロくん。私が昨日、キミが寢る前に言ったこと覚えてる?」

寢る前?

ムータロは記憶を辿る。そうだ、あの時キリエは確か⋯⋯「あひたは、ごほうびで、い⋯いいことひてあげる⋯⋯って」

「お、ちゃんと覚えてたね。偉い子だ❤︎」

キリエは幼い子供に対して感心するような口調で言った。

そして続けてこう問う。

「私の匂い、好き?」

「は、はい、ふきれふ」

質問の

文脈は測りかねたが、ムータロはとりあえず素直に答えた。ここで反抗しても意味はないし、確かに彼女の匂いはとてつもなくよい香りだと感じていた。

「そっか⋯⋯ありがと、うれしいよ」

キリエはなぜかうつむいて目を逸らし、少し恥ずかしそうに感謝を口にした。

その頬は、わずかに朱に染まっているようにも見えた。

だがやがて顔を上げると、またしても唐突にこんなことを問うた。

「ムータロくんは”クイーンベスプ”って蟲を知ってるかな?」

知っていた。レジスタンスとして屋外サバイバルの訓練も行ってきたから、一通りの蟲の知識はある。

クイーンベスプ。大型で希少な、足長蜂の一種だ。その生態は確か⋯⋯「広い意味では、いわゆる乗っ取り蜂。でも普通の乗っ取り蜂とはずいぶん違っててね。普通の乗っ取り蜂は、乗っ取り対象コロニーに集団で侵入して、まず現住蜂の女王を殺す。そして、そのコロニーの匂いを體に染み込ませ、気づかれないうちにいつのまにか女王蜂に成り替わる。程なく現住蜂は全滅し、コロニー乗っ取りが完了する。クイーンベスプは違う。彼女は単騎で他種族の蜂のコロニーに侵入すると、自分の體から特殊な香り、學者達が”フェロモン”と呼ぶものを分泌してコロニー中に充満させる。フェロモンを摂取した現住蜂は、脳が変質してしまい、みんな奴隷のようになってしまって彼女に逆らえなくなる。そして自分たちの本來の女王を殺し、クイーンベスプを新しい女王様として受け入れる⋯⋯」

キリエは淡々とした口調だったが、どこか楽しそうだった。

この女は生き物が好きなのかもしれないな、とムータロは思った。

「他にも、とっても面白い生態があってね⋯⋯」

昆蟲少女キリエの授業は続く。

クイーンベスプは子供を産めないの。

そもそも生殖器官すらないのよ。

ふふ、じゃあどうやってその種を存続しているのか?

それはね、乗っ取られたコロニーの現住蜂の幼蟲の中から、次のクイーンベスプが生まれるの。クイーンベスプは、自分のフェロモンを混ぜた餌を作り、それを現住蜂の幼蟲たちに食べさせる。すると、その幼蟲たちの中から、ただ一匹だけクイーンベスプの成蟲が生まれてくる。これってすごくない?全く違う種族の蜂の幼蟲が、フェロモンの影響で、突然変異的にクイーンベスプになるのよ!?でね、さっきも言ったとおり、たくさんいる幼蟲たちの中で、ただ一人だけがクイーンになるのだけど、じゃあ、クイーンになれなかった他の子たちはどうなると思う?

彼らはね、本來なるべき元の種族の姿とはかけ離れた姿で成蟲になるわ。小さくて、ちんちくりんで、羽は潰れて飛ぶことはできず、頭は大きいのに足は弱くて短い。そしてその全てが雄蜂。彼らの存在理由はたった一つ。新しいクイーンベスプの餌になること。

本當に、グロテスクで、殘酷で、フェティッシュな話よね。

コロニーを乗っ取るどころじゃない、もはや命自體を

乗っ取っていると言ってもいいと思うわ⋯⋯。

問わず語りで言い終えると、蘊蓄を語りすぎた自分に照れたように少しにやけるキリエ。

ムータロは彼女の言わんとすることを察していた。

(つまり⋯こいつが言いたいのは、俺がこいつの香りを近距離で嗅ぐとあんな狀態になっていたのは⋯⋯)「ピンときてるって顔だね。そうよ、さっきキミが好きだって言ってくれた匂いは、私の”フェロモン”よ」

そう言うと、キリエはムータロに歩み寄り、彼をほぼ跨いで立ち止まり、後ろ手を組んで見下ろした。

圧に押されたムータロは、それまでの四つん這いから尻もちをついた座姿勢へと體勢を変え、ほぼ垂直の急角度上空に位置するキリエの顔を見上げる。

「さあてここで問題。いったいクイーンベスプは體のどこからフェロモンを出すでしょう?三十秒あげるから、當ててごらん❤︎」

いきなりのクイズ。

どこだろう。適當に答えてもいいが、それをキリエに悟られたらまずい。

ムータロは考える。

訊いてくるということは、これまでの會話や狀況の中に既にヒントがあったはずだ。キリエはそういう話し方をする。

ムータロは答えを探す。だが、どうにも思考に集中できない。その理由は彼の視界に映るものにあった。ムータロの視線はあくまでキリエの顔に向いているのだが、この見上げる角度だとどうしても彼女のスカートの中も見えてしまうのだ。プリーツマイクロミニスカートの下、黒の下著とガーターストッキングに映えるキリエの白肌、下から見上げる絶対領域⋯⋯。

気にしないようにすればするほど気になってしまう。かと言って目をそらしたら、キリエに新たな”ムータロいじりネタ”を提供してしまうだろう。

刻々と秒が過ぎて行く。

だがある瞬間、ムータロは次のように思い至った。

(まてよ、ひょっとして今こうしてスカートの中が見えているという狀況も、無意味なものではないとすれば⋯⋯)そういうことか。燈臺下暗し。ヒントは文字通りムータロの目の前にあったのだ。

だとすれば例の椅子の作りと用途にも合點がいく。

しかし、大きなヒントではあったが、決定的ではなかった。

スカートの中にはまだ、三つの正解候補があるからだ。お尻の箇所、小水の箇所、そして女性の、つまり生殖器官の箇所⋯⋯ん、生殖器官?

ムータロは先ほどのクイーンベスプの話を思い出す。

キリエは、クイーンベスプには生殖器官が無いと言っていたが、それは”初めから無い”のだろうか、それとも”無くなった”ということなのだろうか?後者の場合、”別の何かに変化”したということもあり得る。確か、多くの種類の蜂が持つ毒針は、産卵管が変化したものだったはずだ。そうか、つまり⋯⋯ムータロは結論した。

今の狀況とこれまでの會話において、最も必然性のある答えは、「せ、せいひょくきかん⋯⋯?」

「ピンポーン! さすがムータロくん、賢い子」

キリエが嬉しそうに微笑

んでパチパチ手を叩く。

「でね、これは不思議な偶然なんだけど⋯⋯」

そう言うとキリエは、左手の人差し指を股下のムータロの額に向けた。

催眠術の被験者めいてその人差し指を注視するムータロ。

人差し指が殘像的滑らかさで動き、ムータロの視線をスカート內のある一點に導いた。

「ここを見ててね⋯⋯」

キリエが指したのは、黒い下著に包まれた柔らかな丘、漆黒のシルクロードの中心地點であった。

唾を飲み込んで注視するムータロ。

ほどなくそこに、桃色に輝く魔力粒子が発生しはじめる!

そしてそれはキリエのスカートの中に濃霧のように充満すると、やがて産まれて來た場所、すなわちキリエのクロッチの中心に渦を巻いて吸い込まれるように消え去った。

「ね?偶然にも、私のフェロモンもクイーンベスプと同じところで生成されるの⋯⋯」

頬を朱に染め、恥じらう乙女の顔で言う。

「私がつけてるこのプリーツマイクロスカートには、フェロモンをスカート內に閉じ込める結界魔術バリアーが込められているわ。だからさっき見せた時、フェロモンがスカート內にとどまっていたでしょう?」

スカートを指でつまんでひらひらさせながらキリエが言う。

そして続ける。

「そして⋯⋯この黒の下著にはね⋯フェロモンの強さを私の任意にコントロールするための増幅魔術アンプリチュードが込められているの。特注オーダーメイドの一品よ。今日はキミのために著けてあげてるんだからね⋯⋯❤︎」

そして、乙女はさらに説明を続ける。

私が自分のこの魔術に気づいたのはまだ少女だった頃。

最初はただ香りを発するだけのダメ魔術だと思っていたわ。

みんなにさりげなく嗅がせてみても、「なんか甘い香りがするなぁ」って感じだったから。

そんな感じでどうでもよくなって、それからしばらくは放っておいたの。

でも數年後のある時、地下室でピッグスの子で遊んでいた時に、ふとこの魔術のことを思い出して、試しにその子に嗅がせてみたわ。そしたらどうなったと思う?

その子は、それまですごく反抗的だったのに、香りを嗅いだ後はまるで魂が抜けたように従順になったわ。

性的欲情を促す効果もあった。フェロモンを嗅がせると、おちんちんをすごく大きくして、ちょっと體に觸ってあげただけでも身をよじらせて悅んだ。

知能の低下も見られたわね。そこそこ賢い子だったのだけど、フェロモンを嗅がせるたびにどんどんおバカになっていった。

そんな感じでその子はフェロモン中毒になっていき、次第に、嗅がせてあげないと禁斷症狀を起こすようになった。

でね、そのまま嗅がせずに観察していたら、最後には痙攣して泡を吹いて射精して死んだわ。

私は気になってその子の脳を調べてみた。

すると、知能を司る部分が萎縮し、嗅覚を司る部分と性慾を司る部分が肥大化していることがわかった。

その後、何人かの別のピッグスの子で試してみても同じ結果だった

。

私はこう結論した。

この魔術の真の効果、それは端的に言えば、”ピッグスの脳に作用して彼らを私の下僕にする”というもの。つまり⋯⋯「くいーんべふぷと、おなじ⋯⋯」

説明されたフェロモンの効果の恐ろしさに冷や汗を流しながら、震える聲で言葉を引き取ったムータロ。

キリエはムータロの理解力に満足し、優しく微笑む。

「ふふ、そういうこと。そうそう、言い忘れてたけど、今までキミが私と密著したとき嗅いでいた匂い、実はね、あれはフェロモンを微量配合しただけの市販の香水なの。だから少し精神狀態がおかしくなる程度で済んでいたでしょう?」

(そ、そんな⋯⋯!微量配合しただけであの効果なのか!)驚愕するムータロ。

微量であれなのに、もしそれを直に嗅いだりしたら一體⋯⋯!

「だけど今日はね、キミをあの”授香椅子”に拘束して、私のスカートの中で、増幅魔術アンプリチュードで超高濃度にした生フェロモンをたっぷりと嗅がせてあげる。そう、何時間もかけて、たっぷりとね⋯⋯❤︎」

蕩けた瞳で見下ろしながら、淫虐の女神はそう宣告した。

Act.6 ムータロ・ザ・レジスタンス「あっ、あっ、や、やべろぉっ!!!」

キリエに首根っこを摑んで持ち上げられたムータロが短い手足をばたつかせて叫んだ。

「ン、ずいぶん暴れるじゃない。四足歩行訓練の時はいい子だったのに」

それでもキリエは淡々と手際よくムータロを制し、”授香椅子”に拘束していく。

まず、體部分の拘束はこんな具合だ。

授香椅子の座部下方に、”カーブした脊椎とそれを囲む肋骨”のような捕獲裝置がある。

その捕獲裝置に、”頭を反り起こしたうつ伏せ”で寢かされるムータロ。

すると、捕獲裝置はあたかも自らの意思を持っているかのように、食蟲植物めいたその捕獲アームでムータロを抱きしめ拘束した。

その拘束は非常に固く、どんなにムータロが力んでも1マイクロメートルほども緩む気配すらない。

続いて頭部の拘束はこうだ。

キリエが座るであろう座部。その股間のあたりに丸いUの字型スペースがある。

Uの字の開いたほうはキリエの”腳側”で、閉じた方は”股間側”の作りだ。

その股間側に顔を向けて頭をはめ込まれると、Uの字の開いたところが拘束帯で閉じられ、Oの字型となった。

この拘束も非常にタイトで、緩む気配はない。

「んあああ!!!! やべろぉぉぉぉぉっっっっっ!!!!!」

叫ぶムータロ!

彼がここまで抵抗するのには理由があった。

管理局に捕らえられてからこれまで、四肢切斷、全抜歯、そして四足歩行訓練という苛烈な刑を受けてきたムータロ。

だが、それでもなお心は折れきっておらず、処刑官キリエに一矢報いることを諦めていなかったのだ。

今日の四足歩行訓練の刑を特に抵抗せずに受けたのも、あくまで反撃のチャンスはまだ先だと思ったからだった。

しかし、今ここでフェロモンで洗脳されてしまった

ら、そもそも反撃の意思自體が消えてしまう!

したがって、この刑だけは決して受けてはならないのだ。

(何か、何かないのか? この狀況を打開する方法は!)ムータロは必死に思考を巡らすが、打開の妙手は一向に浮かばない。

そうしている間に、準備完了したキリエがムータロを跨いで立った。

「く、お⋯⋯おれはおまえには負けない⋯⋯!」

キリエを上目遣いで見上げて精一杯強がるムータロ。

「あらら⋯⋯。”おまえ”だなんて。お行儀の悪いこと。ま、いいわ。すぐに私のフェロモンでいい子にしてあげるから」

ムータロのささやかな意地を、キリエはどうでも良さげに鼻で笑う。そして、「じゃあ、座るね⋯⋯❤︎」

そう言ってキリエはムータロの額を指で優しくひと撫した。

そして右手でムータロの頭を抑えつけると、ゆっくりと座部に向かって腰を下ろし始めた!

ムータロに上空から迫る、黒い下著に包まれた股間!

それは徐々にアップになっていき、やがて、ズシッ⋯⋯ギュゥゥッ⋯⋯!

ムータロの顔面にキリエの股間がソフトランディング!

のしかかる體重!

「ンムグゥーーーーッッ!!!」

想像以上の重さに顔面を圧迫されムータロは苦悶!

(お、この子の顔の形、股間にいい感じにフィットするなー⋯⋯❤︎)そんなことを思いながら、キリエは自分の尻やムータロの頭の位置、授香椅子の拘束の強さなどを微調整し、ムータロの顔面を自分の股間に限界まで念入りに埋めこんだ。

さらに內腿の絶対領域で彼の側頭部をホールドし、最後にふわりとスカートを直してムータロの頭にかぶせた。

授香體勢の完成である。

授香フェロモン。

これまで、幾人ものピッグスの勇者たちを完全破壊してきた、キリエの固有魔術にして処刑術奧義のひとつだ。

まさにそれを今、ムータロは受刑せんとしている。

顔面を包む柔らかなクロッチ。

鼻面を埋め込まされた股間の中心。

視界を封じるスカート。

側頭部をむっちりとホールドする內腿。

授香椅子の捕獲裝置のタイトな締め付け。

すでに、いつフェロモンが発生し始めてもおかしくない狀態だ。

このフェロモンを吸わされた者がどうなるのかは、先ほど聞いた通りだ。

そんな危機的狀況が、直感を研ぎ澄ませたのかもしれない。

ムータロは、あることに思い至っていた。

それは、この恐るべき魔術の性質についてだ。

自分がキリエと密著して精神幼児化現象を起こしていた時の狀況。

そして先ほどのクイーンベスプのフェロモンの話。

振り返って考えてみればどちらも、”匂いを嗅ぐ”ということがキーポイントだった。

つまり、鼻呼吸はまずいのではないか。

逆に言うと、口呼吸して匂いを嗅がないようにしておけば、フェロモンの効果を迴避できるのではないか?

「さてと、始めよっか❤︎」

刑の始まりを告げるキリエの楽しそうな聲。

ムータロはいよいよ覚悟を決めた。

先ほどの推論。確信はないが、試

してみる価値はある。

いや、試してみる価値しかない。

スカート內に桃色の魔力粒子が発生し、徐々に色が濃くなっていく。

ムータロは呼吸を止めていたが、やがて意を決して口呼吸を開始した。

「すぅーーーーーっっ、はぁーーーーーーっっ、すぅーーーーーーーっっ、はぁーーーーーーっっ⋯⋯」

數呼吸後。

呼吸しながらムータロは自分の精神狀態を観察する。特に異常は感じない。

やはり思った通りだ。口呼吸で匂いを嗅がないようにすれば、この魔術を迴避できるのだ!

(よし、このまま何とか⋯⋯魔力も無盡蔵ではないはずだ⋯耐え抜いてみせる⋯⋯そう、レジスタンスの誇りにかけて!)† † †授香開始から三分。

スカート內のムータロは、頑なに鼻呼吸をしようとしない。

(ふーん、ちょっと賢いじゃん)キリエは少し感心した。

フェロモンは鼻から”匂いを嗅がせる”ことで効果を発揮する。ただ吸わせるだけではダメなのだ。

ムータロには説明していなかったはずだから、今までの會話や狀況の中から推測したのだろう。

「ムータロくん、お鼻で呼吸しなさい」

キリエは試しに命令してみるが、「⋯⋯⋯⋯⋯⋯!」

ムータロは無言で拒否!

キリエは”やれやれ”という顔でため息をつく。

時々こういう意志の強い頑固者スタボーンがいる。

だがそこはもちろん、天才的センスを持った処刑官である。いくらでも屈服させる術は心得ている。

キリエは、授香椅子の左の肘掛けに付屬したツールボックスを開ける。

開くとそこには、酒精を染み込ませた消毒用の使い捨て綿布と、長さ15センチほどの無數の針!

まず消毒綿を手に取ると、長い腕を伸ばしてムータロの尻を丁寧に拭きはじめた。

「ングゥッ!? ンッ、ングゥ!?」

スカート內で視界を封じられているムータロは、尻に冷たい感觸を感じるも、何をされているのか把握できず不安の呻きを漏らす。

キリエは、そんなムータロの心理狀態を、股間に感じる息遣いやわずかな顔の動きによって読み取っていた。

(ふふ、息が荒いよ⋯⋯。怖いんだね⋯⋯❤︎)キリエはムータロの尻を丁寧に拭き取り終えると、続いて今度は右手でムータロの後頭部をホールドし、顔面をより一層強く股間に埋め込んだ。

これは、こうすることで、”何かをされることを受刑者に予期させる”テクニックである!

「ングッ? ムグゥッ!?」

キリエの思惑通り、ムータロは”何かをされる”恐怖に呻きを漏らす!

そして、顔を動かして何とか少しでも彼女の股間から逃れようとする!

(あんっ、もう、くすぐったいんだから⋯⋯❤︎)股間で感じるムータロの健気な頑張りに、キリエは頬を上気!

キリエは左手に針を取る。

そして、ムータロの尻の先ほど消毒した箇所に向けてしなやかな腕を伸ばしていく!

「さ、ちくっとするよー⋯⋯⋯⋯❤︎」

⋯⋯プスリ!

ムータロの尻に針が突き刺さった!

「ンムゥゥゥゥゥーーーー

ッッッッッ!」

ムータロはくぐもった悲鳴!それでも鼻呼吸は我慢!

するとキリエは!

「ほらぁ、ちゃんとお鼻で吸えない子には⋯⋯」

長い指で針の頭をつまみ、「くりくりくり〜❤︎」針をくりくり!

「ンムゥーーーーーーーーーーーーーーーーーッッッ!!!!!」ムータロ悶絶!

そして、くりくりの痛みから逃れるため、思わず一瞬だけ鼻呼吸!

「ンスゥーーーーッ!」

すると、スカート內高濃縮フェロモンが、ムータロの鼻腔を経由して脳髄に炸裂!

「オムゥーーーーッッッッ!!!!!! オッ、オオッ!!! あっhgぺうじゃhsdpfふsygqlshjg!!!!」

ムータロは快感と苦悶のあまり聞き取り不能な絶叫!

(だ、だめだっ⋯⋯やっ、やはり⋯⋯!)やはり鼻でこのフェロモンを吸うと脳がやられてしまう!

そうなってしまってはキリエに一矢報いることなど不可能だ。

ムータロは気力を振り絞り、鼻呼吸を我慢する!

「くりくりくり〜❤︎」キリエは再び針をくりくり!

「ンムゥーーーーーーーーーーーーーーーーーッッッ!!!!!」ムータロ悶絶!

しかし鼻呼吸は我慢!

「うんうん、強い子。針はまだまだたくさんあるから、頑張ってみなさい❤︎」

キリエは再び消毒綿でムータロの尻を拭く!

そして右手でムータロの後頭部をホールドし、彼の顔面をクロッチに埋め込む!

「ンムグゥーーーッッ!」

これから”痛いことが起きる”ことを予期したムータロは悲痛な絶叫!

「さ、二本目いくよー⋯⋯⋯❤︎」

プスリ!ムータロの尻に二本目の針が突き刺さる!

「ムギィィィィーーーーッッッッッ!」

ムータロは動物めいた悲鳴!それでも鼻呼吸は我慢!

するとキリエは!

「くりくりくり〜❤︎」

またしても針をくりくり!

先ほどより力を込め、ムータロの尻筋肉の奧にまで針をねじり込んでいく!

「オァァァァァァァァァんっっっ!!! オァァァァァァァっっっっ⋯⋯!」

ムータロはキリエのクロッチに顔を埋めて泣きながら耐える!

† † †挿絵(By みてみん)十五分後。

ムータロの尻はもはや、魔獣ヤマアラシのごとく無殘に針まみれである。

「さ、次の針いくよー❤︎」

キリエの無情な聲!

(ああっ! まだ針があるのかっ! まだフェロモンは盡きないのかっ⋯⋯!)泣きながらも懸命に耐え続けてきたムータロだったが、次第にその胸に誘惑の聲が響き始める。

もうこれ以上痛いのは嫌だ⋯⋯!

一矢報いたところで、いったい何になる⋯⋯?

レジスタンスの誇りなどという形のないもののために⋯⋯?

もう諦めて、鼻呼吸してしまえばいい⋯⋯!

そうすればこの針地獄から解放される⋯⋯!

フェロモン漬けになって精神崩壊してしまえば、きっと恐怖も苦痛もない⋯⋯!

終わりなのか?

レジスタンスの誇りはもはやこれまでなのか?

このまま自分は、キリエのスカートの中でクロッチに顔を埋め込まれながらフ

ェロモンで脳を犯され、四足歩行の淫獣とされてしまう定めなのか?

ムータロの脳裡に、レジスタンスとしての戦いの日々が走馬燈のように浮かんだ。

八歳の頃、ピッグス収容施設ファームを脫走し、荒野で行き倒れになっていた自分を救ってくれた組織レジスタンス⋯⋯。

厳しい鍛錬の日々。緊張の初任務。完遂後のささやかな祝宴⋯⋯。

夜を徹して皆で語り合った理想⋯⋯。

しかし厳しい現実の前に、一人また一人と散っていった仲間たち⋯⋯。

そしていつのまにか古參兵と呼ばれるようになっていた自分⋯⋯。

それらのイメージは、切れかけたムータロの気力を今一度復活せしめた。

(そうだ、俺はレジスタンス⋯⋯ムータロ!諦めて⋯⋯たまるものか!)とはいえ、この狀況でどう反撃する?

手腳は切斷され、歯は全て抜かれている。

その上で授香椅子の捕獲裝置にギチギチに拘束されているのだ。

文字通り手も足も出ず、噛みつくこともできない。

そして頭も授香椅子の座部にきっちりはめ込まれて拘束されており、さらに側頭部をキリエの股間と內腿の絶対領域でむっちりとホールドされている!

その上で顔面を彼女の股間に念入りに埋め込まれ、そこでの呼吸を強いられているのだ!

気力は復活したが、このままではジリ貧だ。

それに、仮にこの針地獄に耐え抜いたとしても、キリエが何か別の、ムータロが強制的に鼻呼吸せざるをえない手段──何らかの方法で口を塞ぐなど──を取ってきたら終わりだ。

何か、何かないのか?そうなる前にこの処刑官にわずか一矢でも報いる反撃の手立ては!

(くそっ、せめて歯が一本でも殘っていれば⋯⋯!)心の中で毒づき、全抜歯されている口內を、改めて舌で確かめるムータロ。

やはり歯莖には何もない。だが、その口內の感觸は別の閃きをトリガーした。

(そ、そうだ⋯⋯あった⋯あったぞ!一つだけ、反撃の手段が!)客観的に見れば、その攻撃手段はあまりにも無様で滑稽かもしれない。

だが今、この生と死の舞臺において、それがいったいどうしたというのだ?

これが最後の攻撃チャンスかもしれないのだ。選択肢などない。

(やるぞ⋯⋯! やってやるぞ!俺の生き様、レジスタンス魂、見せてやる!)意を決したムータロ!

瞑目して全神経をそれに集中!

そして決斷的に最初の一撃を、放った!

レロッ!

「ひゃうっ!?」

股間の中心に発生した予期せぬ打撃感!

思わず悲鳴をあげてしまったキリエ。

(えっ? な、なに今の?)錯覚か? いや、違う。確かに今、クロッチの中心に打撃を受けた。

このスカートの中で、自分が予期せぬ何かが起こったのだ。

そして、この狀況で、その何かを引き起こせるとしたら、それは一人しかいない。

さらに、レロレロッ!

「ひぁっ!?」再び同じ打撃感!

間違いない。クロッチの中心、フェロモン生成器官に、ムータロによって何らかの攻撃が加えられている!

でもどうやっ

て?

手足は切斷済み、その上で授香椅子にギチギチに拘束。

歯だって全て抜いてあり、攻撃手段なんてないはず⋯⋯(あっ! ま、まさかこの子⋯⋯!)キリエは攻撃手段の正體に思い當たって戦慄した。

(うそでしょ、やだ、ちょ、信じらんない!)そう、今現在ムータロに許された唯一の反撃手段、それは、「舌」

である!

そして先ほどの打撃感の正體は、ムータロの裂帛の気合いを込めた高速舐め突きによる、キリエのフェロモン生成器官へのアタックである!

キリエの動揺の気配を察したムータロは畳み掛ける!

(よし、追撃だ! くらえっ! うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっっっ!)レロレロレロレロレロレロレロレロレロレロレロレロレロレロレロレロレロレロレロレロレロレロレロレロレロレロレロレロレロレロレロレロレロレロレロレロレロレロレロレロレロレロレロレロレロレロレロレロレロレロレロレロレロレロレロレロレロレロレロレロレロレロレロレロレロレロレロレロレロレロレロレロォッッッッッッッ!!!!

レジスタンスの闘士ムータロ、死力を盡くした全身全霊のマシンガンレロレロ!

「あっ、あああっっ!!! やっ、やだっ、ちょっと待っ⋯!!!」

キリエはムータロの頭を股間から引き離そうとした。

しかし授香椅子の拘束のタイトさが仇となり、ムータロの頭を引き離せない!

引き離せないなら自分が椅子から立ち上がるしかない!

しかし立ち上がりかけた瞬間、(逃さん!)チュゥゥゥゥッッッッッ!!!

海魔クラーケンの吸盤もかくやという吸引力が、キリエのクロッチを吸って離さない!

「ひゃっ、ひゃぅぅぅぅぅっっっっ!!!」

あまりにおぞましいその感觸にキリエはガチの悲鳴!

その悲鳴を聞いたムータロ。ここが勝負と見て、一気呵成に仕掛ける!

(うぉぉぉぉぉぉっっっ、ゆくぞ!)レロォッ!レロレロッ!レロッ、レロッ!レロレロレロレロレロレロレロレロォッッッッッッッ!!!!ロレロレロレロレロレロレロレロレロレロレロレロレロレロ!!!チュゥゥゥゥゥゥッッ!!レロレロレロレロレロッ、レロッ!チュパム!チュパム!レロレロレロレロレロレロッ、レ〜ロ〜ッッ!レロレロッ、レロレロレロレロレロレロレロレロレロレロレロレロォッッッッッッッ!!!!

回転數が増し、リズムに緩急のついたマシンガンレロレロ!

「あっ、あっ、あああっっ、いっ、いやぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーっっっ」

ムータロの頭を引き離すことも、立ち上がって逃れることもできず、キリエは背中を弓なりに反らせてビクッビクッと悶絶!

「あ・あ・あ・あ!!!!」

その調子で攻めたてること実に五分!

ついに!

ジョワーーーッッッ!!!!!!!

激流のごとくキリエ失禁!

「うぼぉぉっっ!!! おぼぼぼぼっ!!!!」

下著を貫通した小水を顔面に浴びてムータロは呼吸困難!

その一瞬の隙に、キリエは授香椅子からなんとか立

ち上がり、怒濤の攻撃から逃れることに成功した。

キリエはふらふらと少し歩いた後、力が抜けたように床にぺたんとへたりこんだ。

そして手をついて肩を震わせ始めた。

ひぐっ、ひぐっ、ぐすっ、ぐすん⋯⋯⋯⋯「うえっ、うえっ、うえええええーーーーーん!!! ああああああーーーーん!!! うあぁぁぁぁぁーーーん!!!」

慟哭!女の子座りで少女のように泣き出すキリエ!

キリエの意外なほどに幼い泣きっぷり。

その聲を聞きながら、ムータロは疲労困憊ながらも勝利感に酔っていた。

(やった⋯⋯やってやったぜ⋯⋯ざまーみろ⋯⋯!)同時に、自分でもそう感じるのが不思議であったが、心の何処かに、”女の子を泣かせてしまった”的な一抹の罪悪感もあった。

ああーーん、ひぐっ、ひぐっ、うあーーん、ああああーーーっ⋯⋯⋯⋯!

數分経ったが、キリエはまだ泣き続けている。

時間が経ったことでムータロは少し頭が冷えてきていた。

勝利感への酔いが冷めてくると、今度は今更ながら迷いが生まれてきた。

キリエに一矢報いることはできた。

身體的ダメージは皆無だろうが、少なくとも精神的には強いショックを與えたはず。トラウマを刻むことさえできたかもしれない。

しかし、しかしだ。

それにいったい何の意味がある?

仮にキリエがこれで精神的ショックを受けたからといって、それが何だというのだ?

処刑官に個人的に一矢報いたところで、この社會の何が変わるというのだ?

これでピッグスは解放されるか?

いや、殘念ながらそんなわけはない。

そしてもう一つ。

この後の自分はどうなる?

処刑なのだから最終的には殺される。それはわかっている。

だがそれに至るまでのプロセスがどうなるかだ。

このようなことをしてしまった以上、報復は避けられないだろう。それは生半可なものではないはずだ。

こんなことをしてしまって本當に良かったのか?

自分が受ける苦痛をいたずらに大きくしてしまっただけなのではないだろうか⋯⋯?

思考に沒頭していたが、ふと気づくと、キリエの泣き聲がやんでいた。

ハッとするムータロ。

背中に気配を感じる。

背後を確認したいが、首を回すことができない。

靜かだ。沈黙が怖い。

額に脂汗が浮かぶ。

唾を飲み込むと、乾ききった喉に痛い。

「わたしね⋯⋯」

キリエの靜かな聲が、靜寂を破った。

「嬉しかったんだよ⋯⋯? キミは事前処置を頑張ったし、私の料理を美味しいって言ってくれた。だからそのご褒美にフェロモンをあげようと思った。今日の四足歩行訓練だって、いい子だったもんね⋯⋯⋯⋯。だけど⋯⋯だけど本當は、キミはそうやっていい子のふりをして、チャンスをうかがってただけだったんだね。私が隙を見せたらいつでも牙を剝くつもりだったんだね⋯⋯」

ムータロは何も言葉が出ない。

キリエは続ける。

「ねえ、ムータロくん。私いま、すごく驚いてるんだ⋯⋯自分がこ

んなに怒れるんだってこと」

穏やかな聲音。それがかえって彼女の怒りのほどを感じさせる。

「ねえ、私、決めたよ。これからキミをどうするか」

聲とともに、背後からキリエの気配が近づいた。

ムータロは緊張に身を固くする。

授香椅子の捕獲裝置の拘束が解かれた。

體が自由になったムータロだが、抵抗する暇もなくすぐに首根っこを摑まれて制される。

キリエはムータロを胸の高さまで軽々と持ち上げた。

そして泣き腫らして充血した目でムータロを覗き込むと、先ほどの言葉の続きを言った。

「ムータロくん、キミの體を、人體の極限まで”処置”してあげる」

そう言うと、ムータロの體をさらに高く、頭上に持ち上げる!

二メートル以上の高さ!

ムータロは思わず恐怖に叫ぶ!

「あああああーーーおっ、降ろし」

ドゴォ!

キリエは問答無用でムータロを床に叩きつけた!

「グボォォッ!!! ゲッ、ゲホォッッッ!!!!!」ムータロは悶絶!

さらにそこに追い討ちで、長い腳による遠心力の効いたサッカーボールキック!

ドグォッッッ!

ムータロは宙を舞って壁に激突!

そこで數瞬停止した後、どたっと床に落ちる!

「カハッ、カハッ、カヒュッ⋯⋯! コッ、コヒュッ⋯⋯!!!」

白目を剝いてピクピク痙攣するムータロ!

そこにキリエはツカツカと歩み寄ると、ムータロの耳をつまんで引きずりあげる!

「アッ、イィィーーーーッッッ!!!」激痛でムータロ覚醒!

「気絶しなさいなんて言ってないよね⋯⋯」

行動とは裡腹な穏やかな口調でキリエが言う。

苦悶の中でムータロは思う。

キリエは『人體の極限まで”処置”する』と言った。

そう、”処置”と言ったのだ。

つまりこの後の展開は、あ、ああ!ま、まさか⋯⋯!

「じゃ、”処置室”に行こっか」

「あっ、あっ、あああああああああ!! いやらっ、おれがわるかっはれふぅぅぅぅぅぅ!!!! らふけれくらはい! いやぁぁぁぁぁっっっっ!!!! うぉあああああああ!!! んごぉ、んむぅ! おおおおおおあおpしdgぷfyんゔぉやvるvはfpんvぱづfhあっ!!!!!」

トラウマワードを聞いたムータロは半発狂し、聞き取り不可能な絶叫!

女神は、そんな彼の絶叫など全く聞こえていないかのような涼しい顔をしている。

そして、泣きわめく彼の耳をつまんで持ち上げたまま、処置室へ向かうべく、淡々と歩き出したのであった。

Interlude ある老人の懺悔明るく優しい娘じゃったと思う。

わしが聖典を読んで聞かせると、”フローレンスに、私はなる!”と目を輝かせていつも言っておった。

そして事実、あの娘には治癒魔術の才能があった。

人に対してはもちろん、動物や蟲に対しても分け隔てなく治癒魔術を使った。

そうやって苦しんでいるものを助けることに、幼心に母性的な悅びを感じておったように見えた。

だが、人は長ずるにつれ、誰しも現実を知っ

ていく。それはエリニュスであるあの娘とて例外ではない。

自分の治癒魔術の限界を悟ったんじゃろう。自分の魔術は、フローレンスのそれには屆かない、とな。

その頃からじゃった、あの娘が物理的醫療技術の研究をし始めたのは。

魔術では屆かなくとも、物理的醫療技術の研究であれば、フローレンスのようになれると思ったのかもしれん。

身內のわしが言うのもなんだが、賢い娘じゃからな。市販の本から専門書まで、あっという間に片っ端から読破してしまった。

そうなればあとは実技じゃ。人の體の仕組み、各器官の役割、どこをどうすればどうなるのか⋯⋯。

ある日のことじゃ。あの娘はわしに言いにくそうにこう頼んだ。

「おじいちゃん、実はね⋯⋯研究で生きた人間を使いたいの。お願い、どうしても必要なの」

さすがにこれはまずいと思ったよ。そりゃ、普通そう思うわな。當然わしは反対し強く諭したが、最終的には承諾してしまった。あの娘はエリニュスだし、わしのような凡人の物差しで測るべきではない。多少手を汚すことになっても、長い目で見て社會に役立つならば⋯⋯などと思ってしまったんじゃ。

思えば、あの時が分岐點だったのかもしれん。あの時わしが突っぱねていれば⋯⋯と今でも思うよ。

さて、それでどうしたと思う?

とっとと白狀しよう。わしはコネを利用して、生きた人間を手にいれた。

どうやって?刑務課から死刑囚を橫流ししてもらうとか?いやいや無理じゃろ。ここは法治國家じゃぞ。

死刑囚とはいえ人間で、彼らには、然るべき刑を受け速やかな死を得る義務がある。

だから、普通の人間は無理じゃ。それでわしは”ピッグス管理局”に目をつけた。

細かいところは端折って、端的に言おう。

評価は別だが事実として、ピッグスが一人や二人どうなろうと、誰も気には留めん。他ならぬピッグス管理局でさえもな。

そうして、わしの家の地下のあの娘の研究室には、時折大きな荷物が運び込まれるようになった。

わしは次第に家を空けることが多くなった。

職場の近くに別に部屋を借り、家にはあまり帰らなくなった。

法務局長に就任して忙しくなったから、とあの娘には言ったが、本當の理由は違う。

見たくなかったんじゃよ。あの娘が地下室でピッグス達に何をしているのかを。

現実から目を背けたんじゃ。自分の中ではいつまでも、明るく優しく可愛い孫であって欲しかった。

それでも時々家に帰ると、あの娘はわしの帰宅を大いに喜んでくれ、一人暮らしするうちに覚えた料理を振舞ってくれた。お世辭ではなく、そこいらの高級レストランがかすむ程美味かったぞ。凝り性じゃから、研究したんじゃろな。それだけでなく、腰が痛いといえば腰を、目が霞むといえば目を診てくれた。そして、「おじいちゃん、私が処置してあげる」と言って、いろいろ治療してくれたりもしたもんじゃ⋯⋯。

そんな感じでのう、わしに相対している時のあの娘

は、相変わらず明るく優しく可愛い孫じゃった。

いつの間にかたいそう背は伸び(エリニュスなので當然じゃが)、ずいぶん見上げねばならなくなっていたがの。

で、するとな、わしはこう思ってしまうんじゃよ。いや、そう思いたかっただけかもしれんが。

ーーー地下室で何をしているか知らんが、こんな良い娘が、そうそう殘酷なことはするまい⋯⋯ーーー結局わしが、地下室で何が行われているかを確認することはついぞ無かった。

さて、あの娘のことを語るには、彼女に備わったもう一つの魔術について話さねばなるまい。

生き物の話から入るとしよう。

社會性生物の中には、一人の女王をコアとしてコロニーを形成する種がある。身近なところでは、蜂や蟻、ある種の鼠などじゃろう。では、彼らは一體どのようにコロニー內での意思疎通や命令の伝達をしとるんじゃ?例えば人間ならば、言葉でのやりとりが可能じゃが、蜂や蟻どもは?飛び方や仕草でか?それもあるらしい。だがそれでは、「巣から遠く離れて行動する一匹の蜂が外敵に出會った時、すぐさま仲間が駆けつける」などということを説明できん。ではどうやって?わしは生物學には疎いからよく知らんが、どうも彼らは、何らかの匂いのようなものによって意思疎通や命令伝達を図っている、ということを示唆する研究結果があるらしい。

その”匂いのようなもの”の効果は非常に強力でな、先ほど言ったような仲間を集合させるといったことのみならず、女王以外の雌の生殖機能を失わせるもの、女王が雄を下僕化するもの、さらには、ある個體がコロニーの中でどんな階級に屬するかを決定し、それに合わせて様々な肉體的変容を促すものなどもあるようじゃ。

あの娘に話に戻そう。

だいたいピンときとるだろうが、あの娘に備わったもう一つの魔術の才能、それは、この「匂いのようなものを生成する」というものじゃ。ある時わしはそれを偶然知ることになった。

ある日、こんなことがあった。

わしとあの娘が所用で街を歩いておった時のことじゃ。

とある建設現場の近くを通りかかった時、巨大な石材が崩れ、肉體労働に従事していた一人のピッグスの腕がそれに潰された。腕のちぎれたピッグスは大量出血して倒れこみ、そのままでは命はあるまいと思われた。だが、ピッグスである彼に応急処置を施したり、醫療所に運ぼうとする者は誰もいなかった。あの娘以外は。

あの娘はそのピッグスに歩み寄り、治癒魔術を施した。

ちぎれた腕はつながらなかったが、出血は止まり一命は取り留めそうだった。

観眾は、エリニュスの魔術に対し口々に感嘆を漏らしていたが、そこにこんなノイズが混じった。

「助ける必要あったのか?ピッグスなんかどうせ使い捨てだろ?その辺に捨てて鼠の餌にでもしちまえば⋯⋯」

その場には他に七〜八人ほどのピッグス労働者がいた。言葉を聞いた彼らの一人が激昂した。

「おい、誰だよ⋯⋯!いま口

からクソを吐いたクソ野郎は!?」

そのピッグスの激昂に、今度は観眾が色めき立った。

「おいおい、豚が喋っちまったぜ(笑)」

「ピッグスがいっちょまえに人間の言葉を喋ってんじゃねーぞコラ!」

売り言葉に買い言葉。

言葉の応酬は長く続かなかった。

口火を切ったピッグスが毆りかかった。他のピッグス達も連鎖的に毆りかかった。

「んだってめーっ!」

「死ねっこらー!」

「きゃああっ!」

「だ、誰か!」

「管理局を呼べ!」

取っ組み合うピッグスと観眾、叫ぶ者、逃げ惑う者。

放射狀にカオスが加速してゆかんとするその中心點にあって、あの娘は冷靜にこう言った。

「おじいちゃん、少しだけ離れて。體から強い香りを放つから」

あの娘が詠唱を終えると、辺りを強い甘い香りが包んだ。

數秒後にはもう、ピッグス達は皆膝を著き、一人また一人とその場に倒れこんだ。

やがて駆けつけた管理局の鎮圧部隊が見たのは、だらしなく涎を垂らし、恍惚の表情であの娘の足元にすがるピッグス達の姿だった。

そしてあの娘は、驚愕の表情を浮かべる鎮圧部隊に向かってただ一言。

「この子達はもう無害です」

⋯⋯とまあ、こんなことがあって、わしは図らずもあの娘のもう一つの魔術を知ることになったんじゃ。

ん?なぜあの娘はわしにもその魔術の存在を秘密にしていたかじゃと?

そりゃあ、エリニュスとはいえ年頃の娘じゃ。

自分の體から放散する匂いでピッグスを性的に魅了して下僕化する魔術ですなどと、祖父には言いづらかったんではなかろうかのう。

いやいや、わしからも聞いとらんよ。

祖父とはいえ男が、乙女に秘密を聞くのは憚られるじゃろ。

だから、わしがその「匂いの魔術」について知っていることは多くはないよ。

まあ、そんなこんなでな。

で、時が過ぎるのは早い。

あの娘が社會に出る時がやってきた。

わしはてっきり、あの娘は醫療技術の研究者になるもんだと思いこんどったよ。

それがまさかピッグス管理局に就職するとはな。しかも後から知ったが、処刑官として。

理由については聞いてもはぐらかされるよ。

だからこれはわしの推測で、同時に限りなく真実だが、こういうことじゃと思う。

個人差はあるが、エリニュスが加虐的な傾向を持つことは周知の事実じゃな。

あの娘の場合には、こんなことがあった。

ずっと幼い頃の話じゃ。

庭で、傷ついた羽蟲を治癒術で癒しておった。

わしは嬉しかったよ。子供にとって、ましてやエリニュスの加虐的性質からすれば、羽蟲など絶好の殺戮ターゲットじゃろうに。なのにこの娘は殺すどころか癒しておる。

だが、どうも様子がおかしい。次の日も、その次の日も、その次の日も同じように傷ついた羽蟲を癒しているんじゃ。

わしは訝しんだ。そしてついにある日、それを見つけた時はショックを受けたよ。

あの娘のベッド下でわしが見つけたのは、羽をむしられ、腳をもがれ、觸覚を

抜かれ、腹を切り開かれ、全身を針で固定され、か細い鳴き聲をあげながら、治癒術を込めた籠の中で生かされ続けているかつて羽蟲だったものたちの姿じゃった。

わしはあの娘を叱った。

そしてそれ以來、そういうことは無かった。

じゃがな、三つ子の魂百までともいう。

だから、ああ⋯⋯そうじゃな⋯⋯。いま思えばやはり、あの娘の地下室で行われていたのは⋯⋯。

ただな、孫びいきと思われるかもしれんが、あの娘の優しさ、母性も決して偽物ではないとわしは思うんじゃ。フローレンスに憧れる治癒術使いの優しい少女であったことも、確かなんじゃ⋯⋯。

⋯⋯と、これがわしが思う、あの娘が醫療技術の研究者ではなく管理局の処刑官になった理由じゃよ。

身も蓋もなくひとことで言ってしまえば、加虐的慾望じゃ。

管理局では、ピッグスの処刑方法は処刑官に任されているそうじゃ。

そういえば、あの娘は処刑のことを「処置」と呼んだりもしているそうじゃな⋯⋯。

そこまで話して、老人は沈黙した。

パチッ⋯⋯パチッ⋯⋯暖爐の薪の爆ぜる音。炎が、老人の落ち窪んだ黒目がちな目に映り込む。

外は初冬。雨が、雪に変わっていた。

【番外編】とあるハードデイ。そしてその夜。Part1/2管理局地下七階。

処刑官キリエ専用フロア。

多くの鉄扉が並ぶ、石造りのT字型廊下。

その中のとある一室、”授香室フェロモン・ルーム”。

さほど大きな部屋ではない。広さは5メートル四方ほど。こじんまりとしている。

床は暗い赤の長毛絨毯。同じく暗い赤地の壁には、古代文字によると思しき呪術的文様。天井のシャンデリアと壁掛けの燭臺が、暗く室內を照らしている。

靜謐さと不気味さ。ゴシック的アトモスフィア。

そして部屋の中央には、椅子的形狀の物體が床から生えていた。

そう、「生えていた」と形容したくなるような、奇妙な曲線的デザインと有機的質感。

座部の高さからするとエリニュス専用に設計されたものだろう。

奇妙なのは、座部が「円弧の下4分の1狀」の形をしており、そのまま座っては尻がずり落ちそうに見える。

さらに、座部前方から中央にかけた股間のあたりに丸くスペースが空いており、球體狀の何かをそこに嵌め込んで締め付けるような作りになっている。そして座部下方は、「カーブした脊椎とそれを囲む肋骨」もしくはある種の食蟲植物──獲物が止まると葉が閉じられるタイプの──を連想させる捕獲拘束裝置のような作りになっていた。

今、この部屋には対照的な二人の人物がいる。

「んすぅーーーーっ、んっ、んっ、んぉォォォォ……!」

苦しげな呻き聲の主はピッグス。

レジスタンスのベテラン闘士であった男だ。歳の頃は四十代半ば。

先日、ピッグス管理局によるレジスタンス拠點強襲で捕らえられ、キリエに処刑を擔當されることとなった。

彼は今、前述の椅子──授香椅子フェロモンニング・チェアー──の座部下方の

捕獲機構に拘束されている。

その體は無殘な狀態だ。根本から切斷された四肢、脂肪で膨れ上がった體、頭蓋穿孔トレパネーションを施された頭部、さらに、頭以外の全身を覆うおびただしい止血済み切開口からは、ピンク色のフレッシュなお肉が覗いている。

「ンッ、もう…… ダメでしょ、そんなに顔動かしちゃ…… ほら、いい子にして……ね?」

母性的な聲音でピッグスを叱ったのはもちろん、このフロアの主、美しきエリニュス、処刑官キリエである。

座っている姿からでも、その細身の長身は印象的だ。2メートルは超えているだろう。

そしてその3分の2を佔めるに迫る長く形の良い美腳。

くびれた腰つき。キュッとしたお尻。

骨格自體が細いため痩せているように見える胴體。控えめな胸。

しなやかで柔らかそうな腕。長い指。

小ぶりな頭部。12頭身ほどあるだろうか。

白皙の小顔。涼やかな目元、グレーの瞳。細く筋の通った鼻。尖った耳。小さく整った赤い唇、艶黒子。

ポニーテールにまとめられた、美しい黒髪。

そしてその身に纏う異裝。

フロント編み上げタイプの、黒いタイトフィットの魔獣革製サイハイブーツ。踵はシルバーのピンヒール。

黒のガーターストッキング。太もも部分に赤い十字があしらわれている。

黒いタイトフィットの魔獣革製コルセットと、それに付屬した黒のプリーツマイクロミニスカート。

白い上品なブラウス。その両肩に赤い十字の刺繍。

首元を飾る、細身のフェミニンな赤いボウタイ。

黒いタイトフィットの魔獣革製ロンググローブ。

ナースキャップのようなデザインの小さめの魔獣革製帽子。前面には赤い十字マーク。

彼女は今、自身の股間でもがくピッグスの頭を、ロンググローブに包まれた手で優しくホールドし、彼の顔面を自身のクロッチの中心にキープしている。

受刑者に、”授香フェロモン”を施しているのだ。